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ダッフィーのフォトスポットを使えば、誰でも簡単に素敵な写真が撮れます。海と灯台がイイ感じ

後ろの海はナンタケット入江(Nantucket Cove)。マサチューセッツに実存する地名ですよ。

写真を撮ってるところはピーコッド通りといいまして、ハーマンメルヴィルの小説『白鯨』に出てくるエイハブ船長の捕鯨船、ピーコッド号から来ています。

桟橋には船が停泊してます。
キャットボート(Cats Paw)
レイモンド・E・ウォーレス(Raymond E. Wallace)
ピルグリム(Pilgrim)
の3艘。この船の名前の由来がよく分かんないんですよね…ピルグリムは清教徒のピルグリムファザーズ(Pilgrim Fathers)からだと思うんですが。

うしろの灯台はハリケーンポイントライトハウス。1909年7月4日の独立記念日に「自由の娘たち」(The daughters of Liberty)という婦人団体から寄贈されたものです。この団体は、独立戦争で戦った人の直接の子孫の女性だけが入れる団体。慈悲と自由の団体です。灯台のすぐ近くにある大砲(Revolution Cannon)も自由の娘たちからの寄贈品。「今のケープコッドの平和は、多くの犠牲の上に成り立っている」ということをいつまでも忘れないようにと置いてあるんです。

のどかで優しいケープコッドですが、その歴史には暗く悲しい戦争の傷があります。
自由の娘たちは実際に活動していた団体。ケープコッドに掲げられた星条旗にはこのような碑文が。
Dedicated to the Brave Women of Cape Codde Village Who Did Their Part in our War of Independence. Long May our Flag Fly.(独立戦争において見事役割を果たされたケープコッドの勇敢なる女性方に捧げよう。星条旗よ、永遠に)

ま、そんなことはなーんにも知らずに、今日もダッフィーはほんわりぽかーんですけどね

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この足に恋してます
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U.S.スチームシップカンパニーという会社が所有している蒸気遠洋定期船、S.S.コロンビア号。通商「おっきい船」w
1909年に造船が始まって、ついに1912年7月16日の今日、ニューヨークからイタリアへの処女航海へと出発します。コロンビア号という名前の由来は、アメリカに実在するコロンビア川から。そのコロンビア川はコロンブス(Christopher Colombus)に由来してるので、コロンブスから取ったともいえます。「コロンブス万歳」的な意味です。

コロンビア号を作ったのは、コーネリアス・エンディコット3世という人。タワーオブテラーの見学ツアーを主催している、ニューヨーク市保存協会の会長ローズエンディコット嬢の親父さんです。コロンビア号の前に「S.S.ガルガンチュア号」という船があったのですが、1888年の冬にニューヨークのサンディフック沖で嵐に遭い、沈没してしまいました。あの悲しい事故を忘れない……という意味を込めてコロンビア号前の広場には、海から引き揚げられたガルガンチュア号のスクリューが置かれています。

スクリューが置かれている広場は「ホレイショースクエア(Horatio Square)」。アメリカの小説家にホレイショーアルジャー(Horatio Alger, Jr.)っていう人がいまして、彼の名前から来ています。アメリカ人に愛されている小説家で、日本で言うところの芥川龍之介とか太宰治?みたいな感じなんでしょうか。みんな名前くらいは知っているって感じの人出そうです。彼の小説はどれもだいたい主人公がボンビーで、本人の努力や周囲からの助けによって、最終的にリッチマンになる、みたいなストーリーが多いです。オーバーザウェイブのトニオとマリアに重ねてしまいます。




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コロンビア号が停泊してるのは実はピア3なんだけどねw

ここはハドソン川(Hadson River)という川で、ニューヨークに実在する同名の川がモデル。
イギリス人で冒険家のヘンリーハドソン(Henry Hudson)って人がこの辺を探検した
そうで。そっから来てます。BBBのロビーに飾られてる肖像画などが飾られています。赤い橋はハドソンリバーブリッジ(Hadson River Bridge)。そのままでしょ。w 
ニューヨークの本物のハドソン川にはジョージワシントンブリッジ(George Washington Bridge)ってゆう橋が架かってて、ニュージャージーとフォートリーを結んでますが、この橋も当初はハドソンリバーブリッジって呼ばれてたそう。アメリカンウォーターフロントの時代設定は20世紀初頭。ジョージワシントンブリッジは1927年に完成したので、まぁ初頭です。だからディズニーシーの中ではまだ古い名前で呼ばれているのでしょう。

ハドソン川を渡る方法は2つ。ハドソンリバーブリッジを使うか、もう一つはエレクトリックレールウェイを使うかですね。ニューヨーク市営鉄道はメトロポリタントランジットオーソリティー(Metropolitan Transit Authority)といって(長いのでニューヨーカーは略してMTAと呼んでました)、市民の生活に根付いています。


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スクルージのデパートから水道局(ほんとはトイレ)あたりまでの道を「ブロードウェイ」と言いまして、ここは
ニューヨークに実際にあるAve.の名前「Broad Way」に由来しています。劇場街になっていてBBBやオーバーザウェイブのようなショーが毎日行われています。



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NYでは当然ハンバーガー、食べて来ました デリにも行きましたよ。ニューヨークデリのようなデリ(Delicatessen)は本当にたくさんあって、サンドイッチやハンバーガー、スープなんかをいただけます。

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ニューヨークデリからブロードウェイへと続いている道は「ティンパンアレイ」といいます。
こちらもニューヨークに実在していた通り(6Ave,W28St.)です。
ここは新しい音楽が生まれる場所。いつかブロードウェイのステージに上がることを夢見る若いアーティスト達が、多く暮らしていたんです。ティンパン(Tin Pan)とはブリキ鍋をたたいた時の音。お金が無くて楽器が買えず、鍋やトラッシュカンを叩いて練習をしていたのでしょうか。この辺はいつでもティンパンという音が響き、いつしかティンパン横町(Tin Pan Alley)と呼ばれるようになったというわけです。

20世紀初頭、当時はまだレコードが普及してなかったので、楽譜を売るお店がたくさんあったそう。そしてどのお店にもピアニストがいて、売りたい曲をその場で生演奏していたんだとか。たくさんの有名人が輩出されているんですよ。『ファンタジア2000』に収録されている「ラプソディーインブルー(のだめの主題歌と言った方が分かりやすいでしょうか)」の作者ガーシュインも、ここティンパンアレイから生まれた音楽家の一人です。

ディズニーシーのティンパンアレイでも、きっと今日も、いつかブロードウェイシアターでミッキーと共演することを夢見る若者たちが、練習に励んでいるのでしょう
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コロンブスサークル見て来ました。ディズニーシーのより遥かにでかかったです。コロンブスさんもかなりたかーーいところにいらっしゃいましたw

イタリア出身の探険家コロンブス(Christopher Colombus)のアメリカ大陸発見400周年を記念して1892年に建てられたものだそうで。1909年にはコロンブスのアメリカ大陸発見を記念する日がニューヨークの祝日にもなりました。
かなり愛されている人みたいですね。

ディズニーシーでは、故郷イタリアのあるメディテレニアンハーバーの方を見つめて建てられています。
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ビュッフェでコース料理みたいなディッシュを作るのが趣味です
写真はセイリングデイビュッフェ。気分はオチェーアノ
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ディズニーのゴミ箱は可愛い。このことに気づいたらこっちの世界の人ですw
「Waste Please」で「不用品をどうぞ」って意味なのかな。「無駄にしましょう」とも読めちゃいそうだけどw
その下には「Keep Our City Clean(私たちのニューヨークをずっと美しく)」というメッセージ。NYC(New York City Preservation Society,ニューヨーク市保存協会)からの言葉です。

ピア32にはシーウルフ号(Sea Wolf)が停まってます。
ちなみにピア31にはセントエルモ号(St.Elmo)、ピア33にはタマニーツイード号(Tammany Tweed)って船が停泊してます。