地獄の審判に正拳ディフェンスうぅぅっ! -8ページ目

地獄の審判に正拳ディフェンスうぅぅっ!

ブログの説明を入力しま・・・すん(´・ω・`)

 もし僕がこの店の店員だったら、注文を言わせて (*´д`*)ハァハァしたいがために、パワープッシュします。


地獄の審判に正拳ディフェンスうぅぅっ!


to お店の方

 できるならば「ジュレ」を「じゅれ」にしてたらサイコーですね (*´д`*)ハァハァ

 Gさんのサービスに入るようになってから3ヶ月になりました。


 今朝もGさんのサービスに行ってきましたが、軽くドヤされました。

 えぇ毎朝、毎回ドヤされてますよ。


 Gさんについての説明を受けた2月、「理不尽に怒られたりするけど、気にしやんといてね。」と聞いたのが今でも印象的です。


 Gさんは事故によって中途障害(対義語:先天性障害)を持つ方です。

 半身麻痺と高次機能障害を持っている方です。

 ※高次機能障害についてはこちらを参照ください

  http://park6.wakwak.com/~achk/kouzinou.html


 僕らの仕事に対してとか、そうでない場合でも理由には関係なく、いらっとしてしまったら感情のコントロールが難しいので、そのまま吐き出してしまうわけです。


 高次機能障害を持つ方にはこれまで、何人かの方と関わりがあったおかげで、なんとなくの傾向は分かってはいましたが・・・Gさん・・・またでかくてイカついの(´・ω・`) そんな方にドヤされたら、そらふつービビりますよ。うん。


 今日まで、ほぼ毎回ドヤされ続けてきましたが、最初に受けた説明と照らし合わせると、意外とそうでもなかったりします。


 ・・・というのも、僕らも普段の生活でいらっとすることは1つ2つとなりあると思いますし、実際に今日も、そして昨日もいらっとすることはありましたし、たぶん明日ももれなくいらっとするでしょう。

 ・・・と思うと、Gさんがいらっとされてドヤすのもわかります。

 しかも、Gさんの目線で考えれば至極当然。


 「エー、それくらいで怒るー?」ってことももちろんありました。

 でも僕の「それくらい」とGさんの「それくらい」では、無論違います。それに加えて、高次機能障害なのであればこれはもう誰のせいでもないです。

 あとはもう、僕がドヤされないように完璧を尽くすか、「すいませんっ」と謝るしかナッシンです。

 もちろん僕も人の子ですから?ドヤされて良い気分ではない・・・ごめんなさい。人によります。・・・けども、ドヤされることで、Gさんのちょっと深い人トナリを教えてもらえてるのだと思うと、謝ることなんか安いモンです。


 なので今日もドヤされましたが、そうやって僕の仕事精度を高めてくれてるのだと思うとありがたいですねw


 でもね、暴力はいくない(´・ω・`)


 

前回までのあらすじ


 もしも、制度によって娯楽に利用することも認められるとするならば、「サービスとして提供することも可能」ならば、そこに携わる事業所や現場のヘルパーにその裁量権についてはどうだろうか?


 ・・・というとこまでだったと思います。

 だーいぶハショってすいません。


もしも、障害を持つ方からの性に関するサービスの依頼がきたらどうでしょう・・・。


 一番最初の記事にも書いた、例えば「風俗に行きたいから、そのガイドをお願いしたい」とか「コアなエロ本(DVD)を買いたいから、ガイドをしてほしい」とか「オナニーをしたくなったら、その介助をしてほしい」とか、「恋人とラブホに行くから、セックスの手伝いをしてほしい」などなど・・・。


 ここで大きく分けるとしたら、身体に直接触れない介助か半身体介助+半移動介助、100%身体に触れる介助ではないかと思います。

 まず、エロ本やDVDを買いに行きたい、あるいはDVDを借りたいといった感じだと、直接本人の身体に触れるわけではないから、ンマーありかなぁと判断するかしないか。


 次に、風俗店に行ってから個室に行くまでの介助。風俗店では一応、風俗でのサービス中はそのお客さんが身体的な障害を持っている場合は、その介助をするといった内容が規約では謳われていたはず(たぶん、キレー事でしょうが一応認可を受けるにはこういった文言が必要だったと思います)。


 そして、オナニーの手伝いやセックスの手伝いといった、ごっりごりの身体に触れる介助。


 この3つくらいに分かれるように思います。

 実際にできるヘルパーは、あるいは「しても良いかなぁ・・・」と思えるヘルパーはどのくらいいるのでしょうか・・・。

 制度が認めたとしても、末端の現場のヘルパーやその会社に差別性が内包されているのであれば、やはり不可能に終わってしまいます。


 僕の感覚としては、僕も含めて差別にまみれてるこの社会では、まずこの3つを何のためらいもなく引き受けるところはほとんどないでしょう。僕が知っている、快く引き受ける会社は1社しかありません(一応、全国に数箇所あるみたいですが、その大元はという意味で)。

 テレビや新聞、ネットなどに大々的に広告を打って知名度もそこそこあればあるほど、社会からのイメージを大事にすることが逆に働いて、障害を持つ方の性にかんするサービスは真正面から引き受けられないでしょう。

 以前大手の何社かに、性に関するサービスの希望があるがお願いできるか?あるは、前向きに検討してもらえるか?といった問い合わせをしたことがあったが、きんもち良いくらい全て断られた。

 考えれば至極当然。

 だって、障害者がオナニーをしたりセックスをしたり風俗に行くことなんか、想像したことない人ばかりですもん。社会的に知名度がある大手でさえ、そんなイメージレベル。

 自身の差別性を蹴破ることよりも、マジョリティからの当たり障りのない仕事をより効率的にこなし事業を拡大することのほうが大事。

「いやね、できることとできないがあるのだよ。」「できないことをできると安易に返事するほうが失礼」とそんな声が聞こえてきそうですが、そんな次元ではないと思います。そう返すことによって、僕たちだけでなく自身の差別性に目隠しをしてもっともらしい「大人の理屈・常識」に流し込もうとしてる、無痛文明の一部なように思います。


 といっても、僕も一会社員。

 障害を持つ方からの性に関するサービスの依頼がきたらどうか・・・。

 クライアントへは、当たり障りなぁ~く断って・・・嘘です。

 会社にその依頼を引き受けられるように全力で掛け合います。時間がかかっても良いから、その正当性を理解してもらい、サービスが提供できるようにします。それで会社が「お前、クビだ。」と言うのなら望むところです。

 確かにクビになってしまえば、僕の生活は成り立ちません。でもクライアントの生活は成り立つかもしれませんし、会社は表面上は何のダメージも受けないでしょう。


 でも、僕はそれでもかまいません。

 なぜならば、自身の差別性をわかっていて飲み込むことができないからです。

 僕の生活ももちろん大事です。でも、生活はどうにでもなる。バイトでも何でも、仕事は腐るほどあるし、その日食っていけることができるのなら、仕事は何でも良いと思ってます。

 でも、たったひとつ。たった1度の差別であったしても、それを見過ごして自分に目隠しをして、だましだまし時間の中に漂っていたくはないし、死ぬ間際に後悔したくはないからです。誰のためでもない、自分の人生なのだから死ぬ間際に「これでよかった」と嬉し涙を流すくらい、自分軸に沿った人生を送るためです。


 さて、ここまで長々と書きましたが、職員Fさんや会社にどう話をしていくか、僕は考えながらこのサービスに入っていきたいと考えていますし、その戦略を黙々と練り進めていこうと思います。


 おーわーりーっフゥ・・・。

 


前回までのあらすじ


 久しぶりに職員Fさんが事務所に来られ、仕事に関するいろんな話を伺うことができました。

 その話の中には、風俗は(車いすを使う)障害を持つ方が行くようなところではないのではないか?というもの。

 それに対して僕の考えは、そうではないのではないか?

 障害を持つ以前に1人の人間として、それは平等であるべきだと考えていること。

 障害を持っていても、性について語ったり性行為を行うことは、障害を持っていることが理由で障害を持っていない側から制限を受ける理由には何ひとつならないのではないかということです。

 そういった根拠のないマジョリティからマイノリティへの制限や抑圧は差別ではないか?と考えています。


 ・・・というところで、記事を書くのに疲れて中断したかと思いますので、今日はその続きを書こうと思います。


 さて、職員Fさんの話からは直接ありませんでしたが、次のようなことも含まれているのではないか?と想像しました。


 「風俗店に行くことは、障害を持つ方へ制度におけるサービスとして提供するべきなのか?」ということです。


 この問題は、前回の記事とセットで考えています。


 ここ最近は、障害を持つ方の性の問題に僕は情報を持っていませんが、「提供するべきではない」と考える方は少なくないのではないでしょうか?


 一番の問題は、「制度におけるサービス」というところです。

 国の制度である以上、その財源は国民の血税でそのほとんどで賄われています。

 その血税を使って、風俗に行っているということになると納税者からの反応はどうでしょうか?

 ンマー良くはないでしょう。

 毎日、毎日、せちからいご時世の中、自身の生活を安定させるために働いていて得た収入の一部といえど、障害を持つ方が風俗に行くために使われていると知ったら、ンマー「そうか、生活が豊かになってきてよかったね。」とはならないでしょう。

 しかしそれが、「野球観戦や映画を見に行けるようになった」と知ったら、「そうか、生活が豊かになってよかったね。」となる方も少し増えるのではないでしょうか?


 僕は前回の記事で、野球観戦も風俗に行くことも、娯楽のひとつだと考えていると書きました。

 だとしたら、この違いはなんでしょうか。


 そもそも、国としての制度上では原則として娯楽は認めていなかったと思います。

 では、それになぞらえて野球観戦も風俗も娯楽なのだから、認めないと考えると、障害を持つ方はどうやってその時間を得ることができるのでしょうか?

 制度の外で・・・。

 そんなことは果たして、可能でしょうか?

 可能な方もおられるでしょう。

 障害者雇用枠であったり、一般雇用であったり、どういった形であれ何かしら就労をしそれに対する対価・報酬を得ることができる方で、かつ自身で風俗店に行ったり性行為を行うことができる方。

 それができない方についてはどうでしょうか?

 就労どころか、日中の活動の場でさえない方、施設に入所せざるを得ない方、就労していても身体的に物理的に不可能な方・・・。そういった方々は、どうやって風俗店に行ったりあるいは性行為を行うことができるでしょうか?僕にはわかりません。

 確かに、娯楽がなくても生活はしていくことは可能です。

 ですが、少なくても僕自身の生活を振り返った時に、娯楽と呼ばれるものは一切していないでしょうか?

 いえ、そんなことはありません。むしろ、盛りだくさんです。こうしてブログを書いていることも、娯楽です。

 大好きなラーメンをすすりに行くのも娯楽です。

 大好きなプリキュアやワンピのフィギュアをあさりにいくのも娯楽です。

 毎週コンビニに漫画を立ち読みすることも娯楽です。

 娯楽まみれです。

 それら一切を取り除かれる生活・・・耐えられないことはないでしょうけど・・・ごめんなさい。絶えられません。

 ・・・と思うと、制度の中には衣食住といった生きていくために必要最小限のことしか認めないという、差別があるのだと容易に考えることができるのではないでしょうか?

 制度を作った方々が、打ち合わせや会議といった大義名分で腐った舌に極上のグルメ達を運ぶ作業のほうがよっぽど娯楽に満ち満ちていると思いますが・・・(政治家の方々やそれに携わる方々の全てがそうでないので、乱暴なまとめ方をしてごめんなさい・・・ですが、それくらい温度差があるということを言いたかっただけです。ごめんなさい。)


 それともうひとつ。もしも、制度によって娯楽に利用することも認められるとします。

 認められれば、サービスの希望があれば提供することも可能です。

 僕は敢えて「サービスとして提供することも可能」と書いたのは、そこに携わる事業所や現場のヘルパーにその裁量権があるからです。


 ・・・はぁ疲れたwww

 続きはまた近日に。

 ・・・こんなに続くと思わへんかってんもん・・・。