10年前から・・・その3(たぶん、終わり) | 地獄の審判に正拳ディフェンスうぅぅっ!

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前回までのあらすじ


 もしも、制度によって娯楽に利用することも認められるとするならば、「サービスとして提供することも可能」ならば、そこに携わる事業所や現場のヘルパーにその裁量権についてはどうだろうか?


 ・・・というとこまでだったと思います。

 だーいぶハショってすいません。


もしも、障害を持つ方からの性に関するサービスの依頼がきたらどうでしょう・・・。


 一番最初の記事にも書いた、例えば「風俗に行きたいから、そのガイドをお願いしたい」とか「コアなエロ本(DVD)を買いたいから、ガイドをしてほしい」とか「オナニーをしたくなったら、その介助をしてほしい」とか、「恋人とラブホに行くから、セックスの手伝いをしてほしい」などなど・・・。


 ここで大きく分けるとしたら、身体に直接触れない介助か半身体介助+半移動介助、100%身体に触れる介助ではないかと思います。

 まず、エロ本やDVDを買いに行きたい、あるいはDVDを借りたいといった感じだと、直接本人の身体に触れるわけではないから、ンマーありかなぁと判断するかしないか。


 次に、風俗店に行ってから個室に行くまでの介助。風俗店では一応、風俗でのサービス中はそのお客さんが身体的な障害を持っている場合は、その介助をするといった内容が規約では謳われていたはず(たぶん、キレー事でしょうが一応認可を受けるにはこういった文言が必要だったと思います)。


 そして、オナニーの手伝いやセックスの手伝いといった、ごっりごりの身体に触れる介助。


 この3つくらいに分かれるように思います。

 実際にできるヘルパーは、あるいは「しても良いかなぁ・・・」と思えるヘルパーはどのくらいいるのでしょうか・・・。

 制度が認めたとしても、末端の現場のヘルパーやその会社に差別性が内包されているのであれば、やはり不可能に終わってしまいます。


 僕の感覚としては、僕も含めて差別にまみれてるこの社会では、まずこの3つを何のためらいもなく引き受けるところはほとんどないでしょう。僕が知っている、快く引き受ける会社は1社しかありません(一応、全国に数箇所あるみたいですが、その大元はという意味で)。

 テレビや新聞、ネットなどに大々的に広告を打って知名度もそこそこあればあるほど、社会からのイメージを大事にすることが逆に働いて、障害を持つ方の性にかんするサービスは真正面から引き受けられないでしょう。

 以前大手の何社かに、性に関するサービスの希望があるがお願いできるか?あるは、前向きに検討してもらえるか?といった問い合わせをしたことがあったが、きんもち良いくらい全て断られた。

 考えれば至極当然。

 だって、障害者がオナニーをしたりセックスをしたり風俗に行くことなんか、想像したことない人ばかりですもん。社会的に知名度がある大手でさえ、そんなイメージレベル。

 自身の差別性を蹴破ることよりも、マジョリティからの当たり障りのない仕事をより効率的にこなし事業を拡大することのほうが大事。

「いやね、できることとできないがあるのだよ。」「できないことをできると安易に返事するほうが失礼」とそんな声が聞こえてきそうですが、そんな次元ではないと思います。そう返すことによって、僕たちだけでなく自身の差別性に目隠しをしてもっともらしい「大人の理屈・常識」に流し込もうとしてる、無痛文明の一部なように思います。


 といっても、僕も一会社員。

 障害を持つ方からの性に関するサービスの依頼がきたらどうか・・・。

 クライアントへは、当たり障りなぁ~く断って・・・嘘です。

 会社にその依頼を引き受けられるように全力で掛け合います。時間がかかっても良いから、その正当性を理解してもらい、サービスが提供できるようにします。それで会社が「お前、クビだ。」と言うのなら望むところです。

 確かにクビになってしまえば、僕の生活は成り立ちません。でもクライアントの生活は成り立つかもしれませんし、会社は表面上は何のダメージも受けないでしょう。


 でも、僕はそれでもかまいません。

 なぜならば、自身の差別性をわかっていて飲み込むことができないからです。

 僕の生活ももちろん大事です。でも、生活はどうにでもなる。バイトでも何でも、仕事は腐るほどあるし、その日食っていけることができるのなら、仕事は何でも良いと思ってます。

 でも、たったひとつ。たった1度の差別であったしても、それを見過ごして自分に目隠しをして、だましだまし時間の中に漂っていたくはないし、死ぬ間際に後悔したくはないからです。誰のためでもない、自分の人生なのだから死ぬ間際に「これでよかった」と嬉し涙を流すくらい、自分軸に沿った人生を送るためです。


 さて、ここまで長々と書きましたが、職員Fさんや会社にどう話をしていくか、僕は考えながらこのサービスに入っていきたいと考えていますし、その戦略を黙々と練り進めていこうと思います。


 おーわーりーっフゥ・・・。