地獄の審判に正拳ディフェンスうぅぅっ! -4ページ目

地獄の審判に正拳ディフェンスうぅぅっ!

ブログの説明を入力しま・・・すん(´・ω・`)

 新しい仕事を始めて「久しぶりのお休み」と感じるのは初めてです。


 「久しぶりのお休み」に何をしようか・・・と考えると、いろいろと浮かんできます。


 そんなにたくさんは飲めないけれど、それでも好きな酒を飲みたい・・・。

 こないだ買ったゲームを散々やりたおしたい・・・。

 書こうと思ってる日記をもりもり書きたい・・・。

 久しぶりに、満足のいく音源を録音したい・・・。

 なんでも良いから性欲を満たしたい・・・。

 ちょっとジョギングもしてきたい・・・。

 日本橋に行って、いろいろ物色したい・・・。

 ・・・などなど・・・・。


 「うーんと・・・」と考えるとどんどん沸いてきますが、まずはこの「久しぶりのお休み」と感じたこと。

 ・・・つまりは、疲れてるということに気付いたので素直に今日は寝て、明日早起きしてからの楽しみにし・・・


 あ・・・


 早起きできるかしら・・・


 ・・・というか、∞度寝したい(´・ω・`)


 

 ようやく、読み忘れてて放置していた本が1冊読み終えることができました。

 

 僕は本を読むのが得意ではなく、読んで分からなくなればまた戻り、そこから進めてまたわからなくなれば戻りと、いったりきたりでたかだか1冊の本と言えど、読み終えるのに普通の人のおそらく何倍も時間がかかります。


 が、今日読み終えた本は僕にとってこれからの指針となる内容が多く書かれてたと思いますし、もちろんその全部とはいかずほんの2~3割かもしれませんが、それでも多くのものを吸収することができたように思います。


 次は何を読もうかと、読書テンソンは下がりませんが、そこはぐっとこらえてしばらくはこの本から吸収したものを本当に吸収できたかどうか、実践してみようと思います。


無痛文明論/森岡 正博
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 毎週その場所に決まった時間に行くと、決まった方が掃除をしてくれています。


 「おはようございます。」と声をかけざるを得なくなり声をかけると、ほんの一言なのにその作業の手を止めて「おはようさん。」と挨拶をしてくれます。


 僕の住んでいるマンションや敷地を掃除してくれている方々や、地下鉄に行けばトイレはもちろん、構内を掃除する方々、コンビニの前を通れば店員さんが・・・気付けばいたるところに掃除をしてその施設や環境の維持や美化に努めてくれています。


 「お仕事は何をされてるんですか?」と聞かれて、それに答えると、「大変ですねぇ。」という返しを十中八九されますが、こういった掃除の仕事をされている方々にすれば、僕のしている仕事は大変でもなんでもないと思います(比べてどっちが大変かが問題ではなく)。


 僕は仕事の種別が、医師であろうと、公務員であろうと、アルバイトであろうと、新聞配達であろうと、サラリーマンであろうと、風俗であろうと、主婦(夫)であろうと大変ではない仕事はないと思っています。

 が、掃除の仕事は特別視しています。

 僕たちが無尽蔵に吐き出し、垂れ流し、汚し、捨て去ったあとを元の状態に戻す・・・いわば僕らの生活の後始末の中でも一番と言って良いくらい汚い作業を仕事と言えど、やっている姿には頭が上がりません。

 吐き出して、垂れ流して、汚して、捨て去ることで、その方々の仕事は成立し縁ってはその方々の生活が成り立っているといえば間違いありません。

 

 ・・・が、多くの仕事がある中でやはり「汚い仕事」であったり「やりたくない仕事」のイメージは非常に強いのではないかと考えています。

 これから仕事をしようと考えている世代が目にする求人誌や求人情報を見ても、「やりがいのある仕事」と謳いつつも、掃除の仕事を見つけたことは、ほとんど記憶にありません。まるで、働き盛りの年代がするような仕事ではないかのような気すらします。そう思うと、酔っ払った大人達が深夜まで大騒ぎをしながら散らかしたり、コンビニのゴミ箱前で食べ散らかしたり、あるいはいわゆる大企業であろうの社員が職種に優劣をつけたような会話を耳にしたりすると、一人不愉快な気持ちになります。が、次の瞬間、僕もその仲間になっているのではないか?と反省したりします。


 なので毎日、どこかで掃除をしている方を見かけたら、「ありがとうございます。」と言ってしまいます。

 それが年配の男性であれ、女性であれ、時々同年代の男性であれ女性であれ、関係なくお礼を言います。

 仕事としてでもそうでなくても、掃除ができる方は「すてきやん」と思います。

 近頃の「女子力」といった表面上の薄っぺらい理由付けが最初はあったとしても、そのうちそういった条件がいつしか自然消滅して掃除ができるようになった方はやはり「すてきやん」と思います。そもそも、掃除に男性も女性も関係ないと思いますし。

 ・・・という話をしてて、「でもね、男には男の、女には女の向き・不向きってあるのよー」って話をされるとほんと、ヘドが出ます。何を根拠に何を求めて正当化しようとしてるのか、全くもって迷子だからです。


 僕の仕事には、たまたま掃除という仕事も入ってくれています。

 なので、その方々に負けないように一生懸命掃除をすることができますが、自分ちは安定の放置です。


 

 今朝、一仕事をしてる時にメールの着信がぶるぶるしました。

 数時間の仕事を終えて、次の職場に向かう途中に確認すると、一度は僕のほうから連絡を断ったAさんからでした。


 Aさんは一番最初に書いた記事の「Aさん」です。

 

 僕には未だにわかりませんが、Aさんは僕に好意を持ってくれていて、でも僕からの返事は一切期待せずただ、ひたすら関わっていたいという方でした。

 ・・・が、僕としては自身の腐りきった人間性が嫌なだけでなく、ひたすら関わってもらうにはAさんの貴重な時間を浪費させてしまうことを終わらせたいということ、Aさんからいただいた大切な教訓をも持ってできうる限りのものを捨て、再度人生のスタートを切りたいということで、ほぼ一方的に連絡を断ちました。


 Aさんは白血病であり、自身の命の行く末に闇が多く・・・例え命を繋げたとしても、「生かされている」環境に変わりはないであろうと。しかしながら、この間僕と関わったことを小さな糧として「生かされてる」から「生きる」術を見つけるということ、Aさんの闘病生活に僕をこれ以上巻き込みたくないという理由で、Aさんも連絡を断ったという経緯がありました。


 もちろん僕は、巻き込まれたといえば巻き込まれましたが、それによって不利益は全くなく、むしろターミナルの医師や看護師やカウンセラーといった専門知識のない僕なんかができることなんかあるだろうか・・・と逆に申し訳なさを感じ続けていましたし、今でもそう感じています。


 僕もAさんも、お互いに対して「○○であってほしい」と思う気持ちはありつつ、でもそれを押し付けずにどんな選択肢を選ぼうとも、相手の意思を尊重するといった共通点がありました。

 なので、お互いが「連絡を断つ」といった選択の理由にこそ違いはあれ、そのことを引き止めたり、ましてや袖を引っ張るようなことはありませんでした。


 それから約1ヶ月。

 まさか、Aさんからメールをいただけると思っていませんでしたし、その内容が病状は徐々に回復に向かい外出や外泊が少しずつできるようになったという報告でした。


 僕は素直に嬉しかったです。

 Aさんが「生きる」術を見つけるために、歩を進める道ができたことが、本当に嬉しかった。

 Aさん自身の努力といったものではどうすることもできない世界が、何かの力によって切り開けはじめたことは、僕にとって損も得も関係なく、無条件に嬉しかった。

 こういうことが起きると、(良い意味で)クサレ縁の沸き立つにおいを感じざるを得ません。

 

「私はごくごく一般ピーポーです。」と天を貫く勢いで挙手できる方々に伺いたいことがあります。



①梅田→大阪市役所(淀屋橋)→堺筋→北浜→本町→心斎橋は散歩(週1とか週2とか決まった頻度で)として

  の範疇に入るか否か。


②しかも、そのルートを30分強で歩くというのは、ごく普通か否か。



僕の感覚としては両者否。