地獄の審判に正拳ディフェンスうぅぅっ! -3ページ目

地獄の審判に正拳ディフェンスうぅぅっ!

ブログの説明を入力しま・・・すん(´・ω・`)

 以前記事で書いた、高次機能障害を持つ方の介助に今日も行ってきました。


 朝の起床準備ができたらベッドから車いすにのり移るのですが、その方・・・ものっそい巨漢で小柄な僕が抱えるとか支えるとか一切無理なほどです。

 なので、100%その方が自力で乗り移るしかありませんし、僕らはただただ見守る・・・守られへんので、見ているだけしかできない感じです。


 ンマーそこはまだましですが、朝食を済ませてから着替えるのにもう1回ベッドに上がらないといけません。

 

 車いすに座ったままでもできるんとちゃう?・・・と思ったりもしますが、そこは本人がそういうサイクルを希望しているので、まだまだ僕なんかが口出しできるレベルではありません。


 ベッドからは車いすに乗り移る時は、車いすの座面の高さよりも高い位置でベッドの高さに設定することで、すべり落ちる感じでいけるんですが、車いすからベッドに乗り移る時は僕らがベッドに上がらせてもらってその方の脇に手を入れて、「せーのっ!」で乗り移ります。


 ・・・というのが、2ヶ月前に受けた研修・・・。


 んじゃその2ヶ月の間どうしてたかというと、ベッドと車いすの間に橋渡しみたいなアイテムを使ってその上を滑ってもらう感じでベッドに乗り移ってました。


 その方が、「もう、このボードいらんのとちゃうか・・・」と言ってくれてましたが、僕としては床に落ちてしまう危険性と落ちてしまった後のことを考えると、「やっぱり使っておけば良かった」と後悔するくらいならということで、ずっとボードを使い続けてました。


 ・・・が、今日は時間的にそのボードを使う余裕もなかったので、相当気合を入れながら「せーのっ!!」で抱えると、できましたwww


 その方はできたことに大喜び+「おめでとう」と仰ってくれましたが、僕は数ヶ月分のホッとが爆発した感じで「恐縮です。こちらこそ、ありがとうございました。」としか返せませんでした。


 ということで、ようやくボードを卒業できましたー。

 研修してくれた方、そして実験台になっていただいた方、本当にお待たせしてすいませんでした。

 

 そして、ありがとうございましたっ!!


 おっとっと・・・ボードくん、今日までお役目ご苦労さん。


 ※こんな感じの物を使ってました。

  http://oasis-shop.net/SHOP/034E04.html


地獄の審判に正拳ディフェンスうぅぅっ!

  ・・・てか、これ高ぇwww

今日は朝一の仕事を終えて、事務所にとぼとぼと出勤しました。


 昨日、汗だくになりながら仕事が終わるかなぁというくらいの食い気味で電話連絡で頼まれた仕事や、今朝に社長さんから頼まれた仕事、書類の整理やこれからの予定の確認と準備などを一気に一掃してやろうと、ちゃっちゃと済ませてしまいました。


 僕の勤めている会社は、自身で勤務時間を管理する形式です。

 最後の仕事で、自分の勤務時間を計算していると、途中でその計算をやめてしまっても良いんじゃないか?というくらい、超過勤務(社員規約、労基法的には違法ではない範囲で)だったのでさっさか事務所を後にしました。


 さて、事務所を出たもののどうしたもんかと・・・。


 とりあえず最寄駅から電車に乗ると、会話からしてたぶん中国人だろうと思われるご夫婦とその赤ちゃんも乗ってきて僕の横に座りました。

 赤ちゃんはものっそい元気で、ただ電車に揺られているだけなのに、ワーキャーワーキャーとご機嫌さん。あんまりにもかわいくて (*´д`*)ハァハァ、ちょっとあやさせてもらったりすると、まるで大人を接待してくれてるかのように食いついてきました (*´д`*)ハァハァ


 そんなご家族とも別れて、自宅の最寄駅よりもひとつ手前の駅で下車しました。

 別にその駅周辺に何ら用事はなかったのですが、ンマーお茶でもしながらボーっとしようかと。


 お茶といっても、喫茶店に入るとTOBAKKOが吸えないし外を眺めることもできないので、適当に缶コーヒーを買ってその辺りの花壇に座ってぼーっとしてました。


 時間としては15時くらいでしたが、JC?JK?が多く、ニヤニヤ+ (*´д`*)ハァハァしてました。


 散々ニヤニヤ+ (*´д`*)ハァハァしたので、そろそろ帰ろうかと歩いていると、10分ほど歩いたところで猫発見。

 のら猫だったのでものっそい警戒はされましたが、猫と仲良くなるためには時間はおしまないので、一定の距離を保ったままで見守ること15分。そろりそろりと猫のほうから近づいてきて、10分後には (*´д`*)ハァハァしてました。


 今日はあらゆる (*´д`*)ハァハァが爆発して、疲れもすっかりふっとびまし・・・ちゃうな・・・


 まだ、あの (*´д`*)ハァハァが残って(ry


 

 夕方から職場に向かい、そこで5分10分待機していると、ふと目に入ってきたものがありました。


 目の前に、そんなに背の高くない木に茂った葉っぱについた、雨の雫でした。


 もちろん、わざわざ記事に残したり写メで撮ったりするような特別な雫はひとつもありません。

 

 ・・・が、その一粒一粒がこれまた特別な雫ではなくどれも似たような雫ばかりでしたが、不思議と微妙に全部違う様子がはっきりとわかりました。


 以前にも同じようなことで、ぼーっと海を眺めていたら海面にたつ波は一見同じようなものばかりなのに、はっきりとそのひとつひとつ、一瞬一瞬が違う波が見えたことがありました。


 その波も思い出したりすると、こうしてひとつひとつがはっきり見える瞬間に出会えたことがなんだかラッキーというか生きてて良かったと思ったりしました。


 ・・・えっと、今日はもう眠くて限界なので終わります。

 昨日はお休みで早く寝たにも関わらず、相変わらず朝はどんくさくて朝ごはんは会社の近くのコンビニでパンを買いました。

 本当は、飲むヨーグルトにしたかったのですが、生憎朝から売り切れてたようでコーヒーでもと見渡したところ、ふつーに120円の缶コーヒーしかないなぁと思ってたところ、ふと「100円煎れたてアイスコーヒー」の文字が目に入ったので、それにすることにしました。


 レジで注文すると、おねえさんがプラッチック(・・・じじいぃですいません。プラスチックをわざと(ry))にキンキンの氷が入った容器とミルクよりも二周りほど大きい・・・おそらくコーヒーが入ってるだろうと思われるものを「はいっ」と差し出されて、どうしたものかと・・・。


 迷っても冷コー((・・・えぇ、アイスコーヒーです。わかってま)にはありつけないので、すかさず・・・


「えっと・・・どうしたら良いですか?」


 ・・・と聞くと、「はいはい」と丁寧に案内してくれて、作り方を説明してくれました。


 (特に女性に)従うのが大好きな・・・じゃなかった・・・説明を最後まで聞きつつ、その通りに案内された機械にセットあると、あらすてき。


 立派な冷コーができました。


 雨が降ってるにも関わらず、朝から100円でこんなにすてきなコーヒーができることに僕は一人ふわふわしながら、誰もいない事務所に迎えました。

今日は何をしようか・・・

 

 朝から好きな酒をちびちび飲もうか・・・

 こないだ買ったゲームをもりもりやろうか・・・

 せやせや、猫カフェに久しぶりに行こうか・・・

 BOOK OFで読みたい本でも探そうか・・・

 書きたい記事をもりもり書こうか・・・

 甘いもんでも食べに行こうか・・・

 二度寝、三度寝しようか・・・


 そんなことを昨日、思いついたことを今日目が覚めて思い出しました。


 結局、どれもできず終いになりそうな気がしたのもありましたが、その全部の裏をかいて携帯も財布も持たずに出かけることにしました。


 特に目的地を設定せず・・・でも気がつけばいつも歩いているような道をとぼとぼと歩いていると、いろんな物が目に入ってきます。

 いろんなもの・・・・その多くが食べ物や趣味の物ばかりで、見てしまうとほしくなる物。財布を持って出ていれば、躊躇なく買ってしまいそうな物ばかりでした。

 ンマーそういった物は、敢えてお金を持ち合わせていなかったので、買いませんでした。というか、買えませんでした。


 天気も良かったので、それらのものを横目に大好きな公園なんかにも行ったりしました。

 

 僕は小さい時からブランコが大好きで、保育所に母が迎えに来る時はいつも最後だったので、ちょっとしかブランコをこげずに帰ることがすごく嫌でした。その名残があってか、今は時間の許す限り揺られていたりします。


 ブランコに揺られていると、いろんなことがまるで波が引いていくみたいに頭の中が薄れていくと同時に、吹いてくる風が心地よく・・・そんな感じが大好きな理由です。

 今日も頭の中が薄れていく感じはありましたが、それはいつもよりも短い時間でなくなり、気がついた瞬間は公園の風景に疑問を感じました。

 

 まだこの国には四季があるため、咲く花や木々の茂り方に変化はあるけれども、そういった変化を除けば一年中を通してほぼ変わらない風景。それは人為的に管理されてるからだということは、すぐにわかりました。今までもそして今日も僕はその風景を見てほっと癒される感じを覚えました。

 今までにない、不思議な感覚でした。


 不思議な感覚が何であったかは分からず、家に帰る途中、ふと思ったことがありました。

 僕は今までに、疲れるまで頑張った自分を癒すためという理由をつけて散財してきたこと。それでその時は良いんだと思い続けていたこと。消費し続けてきたこと。それらのほとんどが、自分に対しての甘えであったこと。

 消費するだけでなく、足を運ぶ場所にしても同じ。

 自身を維持させるために「癒し」という都合の良い理由付けをして、それらの物や場所が逆に自身を縛ってたんじゃないか?と。

 もしかしたら、物や場所だけでなく人に対してもそんなことがあるんじゃないか?と。


 もしもそうだとしたら、僕は新しい一歩を踏み出したつもりになっていて実は自分が敷いた守備範囲の中、安全に守られたところだけをただひたすらぬるま湯につかるかのように、ぬるぬると時間を浪費していたことになります。

 

 それで良いかどうか?

 新しい人生を本気で生きることになるかどうか?


 ・・・そうではないと気付いたことは、今日のお休みで得たものでした。