癒し | 地獄の審判に正拳ディフェンスうぅぅっ!

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ブログの説明を入力しま・・・すん(´・ω・`)

今日は何をしようか・・・

 

 朝から好きな酒をちびちび飲もうか・・・

 こないだ買ったゲームをもりもりやろうか・・・

 せやせや、猫カフェに久しぶりに行こうか・・・

 BOOK OFで読みたい本でも探そうか・・・

 書きたい記事をもりもり書こうか・・・

 甘いもんでも食べに行こうか・・・

 二度寝、三度寝しようか・・・


 そんなことを昨日、思いついたことを今日目が覚めて思い出しました。


 結局、どれもできず終いになりそうな気がしたのもありましたが、その全部の裏をかいて携帯も財布も持たずに出かけることにしました。


 特に目的地を設定せず・・・でも気がつけばいつも歩いているような道をとぼとぼと歩いていると、いろんな物が目に入ってきます。

 いろんなもの・・・・その多くが食べ物や趣味の物ばかりで、見てしまうとほしくなる物。財布を持って出ていれば、躊躇なく買ってしまいそうな物ばかりでした。

 ンマーそういった物は、敢えてお金を持ち合わせていなかったので、買いませんでした。というか、買えませんでした。


 天気も良かったので、それらのものを横目に大好きな公園なんかにも行ったりしました。

 

 僕は小さい時からブランコが大好きで、保育所に母が迎えに来る時はいつも最後だったので、ちょっとしかブランコをこげずに帰ることがすごく嫌でした。その名残があってか、今は時間の許す限り揺られていたりします。


 ブランコに揺られていると、いろんなことがまるで波が引いていくみたいに頭の中が薄れていくと同時に、吹いてくる風が心地よく・・・そんな感じが大好きな理由です。

 今日も頭の中が薄れていく感じはありましたが、それはいつもよりも短い時間でなくなり、気がついた瞬間は公園の風景に疑問を感じました。

 

 まだこの国には四季があるため、咲く花や木々の茂り方に変化はあるけれども、そういった変化を除けば一年中を通してほぼ変わらない風景。それは人為的に管理されてるからだということは、すぐにわかりました。今までもそして今日も僕はその風景を見てほっと癒される感じを覚えました。

 今までにない、不思議な感覚でした。


 不思議な感覚が何であったかは分からず、家に帰る途中、ふと思ったことがありました。

 僕は今までに、疲れるまで頑張った自分を癒すためという理由をつけて散財してきたこと。それでその時は良いんだと思い続けていたこと。消費し続けてきたこと。それらのほとんどが、自分に対しての甘えであったこと。

 消費するだけでなく、足を運ぶ場所にしても同じ。

 自身を維持させるために「癒し」という都合の良い理由付けをして、それらの物や場所が逆に自身を縛ってたんじゃないか?と。

 もしかしたら、物や場所だけでなく人に対してもそんなことがあるんじゃないか?と。


 もしもそうだとしたら、僕は新しい一歩を踏み出したつもりになっていて実は自分が敷いた守備範囲の中、安全に守られたところだけをただひたすらぬるま湯につかるかのように、ぬるぬると時間を浪費していたことになります。

 

 それで良いかどうか?

 新しい人生を本気で生きることになるかどうか?


 ・・・そうではないと気付いたことは、今日のお休みで得たものでした。