先輩C 「面白い対比やなぁ。で、K大はどうなん?」

 私  「学級委員です」


同志社にラグビーを紹介したのはK大だ。そのK大との定期戦は創部の翌年である1912年に始まっている。K大とは深く長い縁があるのだ。高校同士も定期戦を行なっていて、私も高校時代にK高校と定期戦を経験している。初めてK校のラグビー部を見たときの印象は強烈だった。


「あっ、ちゃんと学生服に白のカラーを付けてる」

「革靴、ピカピカやん」


当時(約40年前)、ラグビー部というのは前衛的ヤンチャ、要するに不良がやるスポーツみたいな一面もあり、学生服のボタンは上の二つ位外して着るのがフツーだったし、革靴をきちんと磨いて履くような優等生は敬遠されていた。そういう時代に詰襟をきちんと着こなし、ピカピカの革靴を履いて現われたK高校ラグビー部員というのは、一人なら馬鹿にもできるが、全員がそうなら認めざるを得ない、というような迫力があったのだ。


グランドに出てきたフィフティーンにも驚かされた。


「おい、みんなスパイクをピカピカに磨いとるぞ」

「しかも、紐が全員黄色や」


ゲーム前にスパイクを磨くのは我々も指導されていたが、その磨き方が違った。我々のスパイクは「黒」、彼らのスパイクは「黒光り」。しかも、彼らは紐を黄色に統一していたので、ジャージもスパイクも黒と黄色のタイガー模様になっていたのだ。


カッコええなぁ・・・と感心する反面、こんな奴らに負けてたまるか、みたいな闘志が湧いてきたことを覚えている。


ボルネオ7番のブログ-同慶戦
(今年の同志社・慶応定期戦)


(続く)

大学の先輩と食事する機会があった。


皆さん、最年少の私に気を遣い、共通の話題を探そうと配慮下さる。

やがて、アカデミックな話のときは無口で大人しいのに、ラグビーの話題になると急に私が多弁になることを見抜かれてしまう(笑)


ちょうど、私立大学の建学の精神やスクールカラーについて話していたので、ラグビー選手も学校によりカラーが異なるかどうか質問を受けた。


先輩A 「やっぱり学校によって選手の性格も違う?」

 私  「違います。私は社会人チームでS大、K大、M大出身の選手と一緒になったんですけど・・・・」


私の印象を率直に言うと、W大は一匹狼の論客が多い。個性も強烈で、あまり群れを作らず、普段はバラバラにさえ見えるのに、チームを勝たせるというテーマになると見事に団結する。勝利至上主義というと言い過ぎかも知れないが、勝利へのプレッシャーを選手一人ひとりに与え、受け止めさせる厳しさが伝統的にW大にはあると思う。W大の選手たちはどうすれば勝てるのかを一人で考え、悩み、いち早く大人になるのではないか。


先輩B 「へえ、そうなんや。M大はどんな感じなん?」

 私  「やんちゃな男の子って感じです」



同じチームに何名かのM大出身者がいたのだが、思い出す顔が不思議とみんな笑顔なのだ。しかも、ちょっと悔しいが、爽やかな笑顔ばかりだ。M大ラグビー部を長年に亘り指導されたK島忠さんの「前へ」はあまりに有名な言葉だが、この実現にはパワーと意地が求められる。「前へ」はシンプル過ぎて逃げ道がないので、最も痛くてしんどいプレーの連続になるからだ。これに耐えられる選手は、何があってもへこたれない、ネアカでやんちゃな「男の子」だけだと思うのだ。


ボルネオ7番のブログ-慶明戦



(続く)


先日の日曜日、妻と有楽町まで出掛けた。


お昼を食べてから映画でも観よう、ということで、西銀座デパート2階にある「Buono Buono」というイタリアン・レストランを訪れた。昔々、イタリア人の友達と食べに行ったことがあるが、ここは旨い!と褒めていた。前菜、パスタ、ドルチェがセットになったパスタ・ランチを注文。


【前菜】


妻は「丸ごとトマトのコンフェット」

暑くて食欲がないときにはピッタリかも。彩りもきれい。


ボルネオ7番のブログ-tomato


私は「丸ごとタマネギのロースト」

タマネギの自然の甘みを堪能。粗挽き胡椒との相性抜群。


ボルネオ7番のブログ-tamanegi


【パスタ】


妻は「ヤリイカのパスタ」

ヤリイカの歯応えが最高。


ボルネオ7番のブログ-pasta


私は「トウモロコシのリゾット」

トウモロコシの甘みが口いっぱいに広がる。


ボルネオ7番のブログ-rizotto


【デザート】


妻は「バニラアイス」

アイスにかかっているのはバルサミコ。甘いことにビックリ。


ボルネオ7番のブログ-banila


私は「プリン」

こくがあって思わず唸る。お代わりが欲しかった(笑)


ボルネオ7番のブログ-pudding


美味しいものが大好きなので、又、来れるように働いて稼ごう。

心置きなく楽しめるよう、健康を維持しよう。

身体の欲求は分かり易くて、決して底なしではないことを可愛らしく思う。