締めくくりは「中華街で舌鼓」と決めていたが、ものの見事に失敗した(ノ_・。)


ボルネオ7番のブログ-朱雀門


ガイドブックに紹介されていたし、次々とお客さんが入っていくのが見えたから大丈夫、と油断したのがまずかった。シャレではないが、本当に不味かった(笑) 王将の方が安くて旨い。もっと言えば、私の作った麻婆豆腐の方が美味しいぞ('-^*)/


締めくくりには失敗したが、この痛手から救い出してくれたのが、元町「喜久家」で買って帰ったデザートだ。喜久家は1924年の創業。神田「近江屋」に似た雰囲気で、20年前、30年前もお店の造りや店員さんの制服、そして洋菓子の数々は同じだったのでは、と思わせる良質のクラシックさを醸し出しているお店だ。


ボルネオ7番のブログ-喜久家
(喜久家の店構え。元町通りで一番人が入っていたかも)


店内に滞在すること20分。迷った挙句に購入したデザートは次の2つ。


ボルネオ7番のブログ-スイートポテト

先ず、「スイートポテト」。甘さ抑え目で素朴な味。柔らかでしっとりしたクッキーに挟まれているのがペースト状のスイートポテト。一番下の層はパイ生地。


ボルネオ7番のブログ-ラムボール

続いて、喜久家名物の「ラムボール」。ラムレーズンがたっぷり入っていて、一口かじった瞬間にラムの香りが口いっぱいに広がる。下戸の私はこれ一つですっかりハイに('-^*)/ 2つ食べたら二日酔いは間違いなかったと思う(笑)

山下公園を抜け、山手へと向かった。


ボルネオ7番のブログ-イギリス館
イギリス館の階段の踊り場から中庭を望む。


最初に目指したのはイギリス館。大広間で音楽会でも催されているのか、かすかに音楽が漏れてきた。それを聴く内に、かつては着飾った紳士淑女がここに集い、グラスを片手に外交や経済、政治について語り合ったのかしらん、と想像してしまった。山手はそういう歴史を感じさせる街だ。


ボルネオ7番のブログ-バラ
山手にはバラが良く似合う。


その後、山手111番館、山手外国人墓地、山手234番館、エリスマン邸、ベーリックホール、山手聖公会、外交官の家、ブラフ18番館を順番に訪れた。


ボルネオ7番のブログ-外交官の家
明治43年に建てられた「外交官の家」。重要文化財。


ボルネオ7番のブログ-ブラフ18番館
山手の締めくくりは「ブラフ18番館」。赤茶色の屋根はフランス瓦だとか。


これらの建物や庭は西洋の文化が目に見える形になったものとも言える。当時の横浜の人たちは、これらをどんな思いで眺めたのだろうか。逆に、当時の横浜を訪れ、そこで生活を始めた外国人に日本人はどのように映ったのだろう。


携帯電話もe-mailもパソコンもなく、当時は人と人が直接会い、話すしかコミュニケーションを深める方法がなかった。今より時間が掛かったかも知れないが、その分、人を見る目を養う訓練ができたり、それに耐えうる人間を磨く余裕があったのかもと思う。


歴史に思いを馳せ、いろんなことを考えてしまった(///∇//)


(続く)

横浜に出掛けた。


赤レンガ倉庫でランチを済ませ、山下公園へ。青い空、暖かな太陽の光、そして目に眩しい緑の芝生・・・のどかやなぁ、と言った途端、ホイッスルが((((((ノ゚⊿゚)ノ 何事かと思ったら、二人組みの大道芸人さんがちょうど芸を始めるところだった。


ボルネオ7番のブログ-大道芸人1
合計6本のピンが引っ張り出された見学者の胸元と背面をかすめるように飛んでいく。スゴイ迫力。


ボルネオ7番のブログ-大道芸人2
ピンを置くと、今度は火の点いたたいまつ3本を器用に回し投げる。失敗したら火傷は必至。


ボルネオ7番のブログ-大道芸人3
肩車された女性が火の点いたたいまつ3本を器用に操る。お見事!


芸も見応えがあったが、合間のトークが面白く、歓声や拍手、笑い声に誘われるように観客が次第に増え、大きな輪になった。最後は、「横浜市は芸の場所こそ貸してくれるが、ギャラはくれない」というカンパ要請が始まり、「私たちは結婚もしていないし、付き合ってもいないので、是非二人分を!」に爆笑が起き、私もつられるようにカンパした。いやぁ、面白かった。


(続く)