娘の旦那さんから薦められた「ニュータイプの時代」(山口  周 著)を読んだ。



「はじめに」の冒頭に「20世紀の後半から21世紀の初頭にかけて高く評価されてきた、従順で、論理的で、勤勉で、責任感の強い、いわゆる『優秀な人材』は、今後『オールドタイプ』として急速に価値を失っていくことになるでしょう。」と書かれている。一応、そのタイプの人間だと自負してきた私としては、「なんちゅうことを言うんや!」と腹立たしく思ったが、読み進むにつれ、「う~ん、おっしゃる通りかも」という気持ちになった。



「顧客に提供する価値の市場」という図が出てくる。「役に立つ・立たない」は「機能的便益」を示し、一方の「意味がある・ない」は「情緒的便益」あるいは「自己実現的便益」を示すとおっしゃっているが、その例として挙げられたコンビニの話が大変分かり易かった。すなわち、コンビニに置かれているハサミやホッチキスは「機能的便益」を提供する商品だからほとんど一種類しか置かれていない。しかし、そんなコンビニが200種類以上も取り揃えている商品がある。それは何か? 煙草だ。この例は良く分かる。元スモーカーの私にも「これしか吸わない」という好きな銘柄があったからだ。

 


更に例として挙げられた「自動車業界が提供する価値の市場」には「う~ん」と唸ってしまった。すなわち、トヨタや日産の車、ベンツやBMWは役に立つ安全で快適な移動手段だが、トヨタ・日産とベンツ・BMWの価格差は、オーナーにとっての意味がどれくらいあるかということになる。そして、フェラーリやランボルギーニという2人しか乗れず、荷物も積めず、車高が低くて悪路も苦手の役に立たない車に何千万、何億というお金を払う人がいるのは、「役に立つ」ことより「意味がある」ことに経済的価値が認められているからだと解説されている。

 

「タダ(無料)でも要らない」という言葉は以前からあったが、多くの市場で供給が需要を満たし、消費者が好きな場所で、好きなタイミングで、好きなものだけを買える時代になったということか。そういう時代につき、過去の成功体験や机上の論理が必ずしも通用するとは限らないのだから、先ずは試してみようという遊び心や軽さこそ「ニュータイプの時代」には求められるということなんだろう。さて、私はニュータイプの時代に適応できるかどうか・・・。

同級生から「昭和で数えると今日は昭和99年9月9日やで」というメールが来た。ホンマかいな、と一瞬疑ったが、我々は昭和30年生まれで今年69才になるから、確かに昭和99年になる。


(同級生と。前列右端が私。高校3年生)

「俺が最年長やから俺が払う」と言うと「おっ、昭和の男!」と笑われ、「マイカーやないと運転し辛い」と言うと「もう今は平成も終わって令和ですよ」と言われ、「看護婦さん」や「女優」と言おうものなら「それ、昭和の死語です」と叱られる。

我々は奇跡と言われた戦後の経済復興と共に成長し、バブル・エコノミーもその崩壊も体験させてもらった。「Japan as No.1」という本が話題になり、日本人ビジネスマンがエコノミック・アニマルと揶揄された時代も知っている。それがどうしたと言われそうだが、私たちも変化の時代を生きてきたのだから、変化して良いこと、変化しなくて良いことを静かに話せる昭和の男を目指そうと思う。

外資系のホテルが運営している会員制ツーリズムの組織への入会を勧められた。説明を聞くだけでプレゼントがもらえるし、聞き流せば済む話だと考えて説明会に出たのだが、紹介される宿泊施設の写真や具体的な数字を伴う説明に次第に引き込まれ、最後はメモまで取り始めていた。



簡単に説明すると、その外資系ホテルが自ら運営しているコンドミニアムの「一週間オーナー」になると毎年一定のポイントがもらえ、そのポイントの範囲内で同社が自ら運営しているコンドミニアムやホテル、更には提携しているホテルや旅館、コンドミニアムなど世界中に散らばる1万を超える宿泊施設を使えるのだという。


オーナーになると、後は年間管理費だけの負担になるので、高価な部屋のオーナーになればなるほど(投資金額が大きいほど)、割安で宿泊できることが分かったし、更にはオーナーになった物件に希少価値があれば高く売れる可能性があることから、「高価な物件から売れ始めているんですよ」という説明にも納得がいった。


最終的には入会を見合わせたが、説明を聞く内に、日本にも帝国ホテルのような立派なホテルがあるのに、なぜ、こういう仕組みを作れなかったのだろうと気になった。多分、日本の歴史の中では、国境を越えて余暇を楽しめる時代が来るとは想像もできなかっただろうし、逆に、国境を越えてアメリカにやって来たご先祖様を持つアメリカ人には市場を大きく見ることのできる遺伝子があるのだろう。


日本はますます人口が減少し、いろんな市場が縮小していくのだから、遅まきながら、私たちも市場を大きく見ないといけないのかなと思う。