私が現役選手だった頃、ラグビーは「アマチュア・スポーツの牙城」と言われていた。15名で戦う競技だが、負傷退場以外に選手の交代は認められなかったし、父がラグビーをしていた戦前、戦後間もない頃に至っては負傷退場があっても交代が認められず、「14人対13人で戦ったことがある」と聞かされた記憶がある。

 

そもそも、敵のゴールまで前進しなくてはならない競技なのにボールは前にパスできないし、体重制限がないから体重100㎏の相手選手にもタックルしなくてはいけない。更には、どう見てもミスジャッジなのにレフェリーに文句は言えないし、たまにトライを上げて嬉しさのあまりバンザイしたら品がないと叱られる、私にとっては「やせ我慢のスポーツ」だった。中には「不条理を学ぶスポーツです。だから、それを学んだラグビー選手は不条理が当たり前の社会で活躍できるんです」という後輩もいた。その通りかなと思う。

 

そんなラグビーにも商業化の波が押し寄せ、リーグワンには国内外出身のプロ選手が集い、迫力あるゲームを観戦できるようになった。又、ルール改正で選手の交代が戦略として可能になったし、レフェリーの判断も場合によっては覆せるようになった。まさに観る者を意識し、多くのファンを掘り起こそうという意図が感じられる。そんな中、リーグワンの選手登録制度が変更される決定がなされ、それに異議を唱える海外出身の選手が出てきたというニュースを読んだ。変更の趣旨は、日本生まれ、日本育ちのラグビー少年にリーグワンを身近に感じてもらおうということのようだが、早速、「ボルさん、どう思われますか?」という質問が来た。

 

あいまいな回答を嫌う友人からの質問なので、次の通り答えた。


「プロ化したスポーツは、プレーした経験のないファンの意向で独自の進化を遂げます。それは止められないと思います。大相撲はモンゴル出身の横綱が支えてきたし、欧州出身の関取が髷を結い、まわしを締めて土俵に上がっています。私には相撲の経験がないから、力のある者が伝統とルールに従って迫力ある取り組みを見せてくれる大相撲を歓迎します。しかし、ラグビーはプレーした経験があるから、ジャパンのジャージを着た海外出身選手が多いことに最初は違和感がありました。ただ、彼らが身体を張って戦う姿に感動したし、今は心から応援できます。プロ化したのだから、規制などせずに門戸を開放し、優秀な人材を集めて迷うことなく勝利を目指すべきです。唯一の注文は、ラグビー憲章が定めた「品位、情熱、結束、規律、尊重」を乱すような選手は出身に関係なく、即刻、外して欲しいということです。それを怠ると、ただ乱暴なだけのスポーツになってしまうと思います。」


(アマチュア時代を戦ったメンバー)

宮地克実先輩が亡くなられた。いろんな武勇伝や逸話を聞くが、ラグビー選手への愛情に溢れる先輩だったと思う。



宮地先輩には忘れられない思い出があり、今も同級生が集まると必ずこの話が出る。嫌いな先輩の話などしないから、宮地先輩がどれほど私たちの年代からも愛されていたかが分かるというものだ。

岡 仁詩先生も宮地先輩のことを深く信頼しておられたから、今頃、「やっと来たか」と天国で大歓迎されていることと思う。

合掌。

バイオリンを習い始めて14年目を迎える。先生が準備くださるお月謝袋の右下に「Mo.14」と書かれているのはそういう意味だ。



お月謝袋が新しくなる度にブログに書いているが、長く続いている理由はバイオリンや先生との相性が良いからだ。「継続は力なり」と自慢したい気持ちもあるが、ゴルフ、ヨガ、お料理教室が続かなかったのは楽しくなかったからだ。要は相性だ。

そう考えると、長く続くものは相性が良いか、又は、どうしても必要だからか。その両方に当てはまるのが仕事かも知れない。定年退職後、手帳に書き入れる来週、来月の予定が急減したことに気付き、ドキッとした。私にとり、仕事は必要だっただけではなく、ものすごく相性の良いものだったからだろう。

そこで、もう少し仕事を続けることにした。手帳を見ていて気付いたが、仕事は自然にこれからのことを考えさせてくれる。過去を振り返っても変えられないし、自慢できるものもないし、今しばらくはこれからのことを考えようと思う。