20回目を迎えたという、神田鯉風さんの「高輪講談会」にお邪魔した。
先ずは「合衆国皇帝ノートン一世」という鯉風さん新作の講談が始まった。アメリカに皇帝がいた筈はないし、これは架空の物語かと思ったが、実は1849年、サンフランシスコに現れたジョシュア・ノートンという実在の人物がいて、ゴールドラッシュに沸く同地で不動産に投資して成功を収め、地元でも有数の実業家になったとのこと。ちなみに、サンフランシスコには 49ers というフットボール・チームがあるが、これは1849年にサンフランシスコに殺到したゴールド目当ての採掘者をそう呼んだことから命名されたらしい。
さて、大成功した実業家ノートンは更なる成功を期して、銀行に勧められるまま小麦に投資するが、直後に小麦相場が大暴落したことから経営していた会社は倒産、財産も失い、行方不明になってしまう。鯉風さんがここで、「これだから銀行なんざ信用してはいけません。家族に銀行マンがいた私が言うのだから間違いありません」で会場から笑いが漏れた。私は中小企業の経営者だった父が「銀行は晴れの日に傘を貸し、雨に日にそれを取り戻しに来ると言われてる」と言っていたのを思い出した(笑)
ところが、1859年に失踪していたノートンがサンフランシスコに再び姿を現し、「自分は合衆国初代皇帝だ」と宣言し、次々に勅令を出し始める。最初は単に面白がっていた人々も、その内容に我欲や強制がなく、人々の快適な暮らしを望む愛情が感じられたことから次第に人気を博し始め、訪問する工場や学校、レストランで人気者になっていく。医学的には統合失調症を患っていたと言われているそうだが、ノートンが提唱していたサンフランシスコとオークランドをつなぐ「吊り橋」はその後、実際に計画されたようで、1936年に完成しているようだ。
ノートンを統合失調症の病人と見るか、それとも、人々への愛情に満ちた無欲の自由人と見るか。そんなことを考えながら聞いていたが、ノートンのお墓が今も地元で守られていると聞き、当時の人々が出した答えを聞いたように思った。実に印象深い講談だった。ノートンの存在を教えてくれた鯉風さんに感謝。







