「天空」八田哲

 

オペラシティアートギャラリー常設展「異国で描く」(寺田コレクションより)と、若手作家の育成・支援を目的とした「project N―中村太一」を観る

11月10日にメンバー対象の解説を聴いていたので、絵をみることに集中できた

 

「異国で描く」は異国「を」ではなく、「日常とは異なった」という意味だという

異国の風景だけでなく、旅や移動によって余分なものが取り払われ、研ぎ澄まされていく画家の持ち味、そこから生み出される多様な表現を10人の作家の例で示していた

(以下写真は展覧会ホームページから)

 

それらの中では、どちらかと言うと細部まで描き込んだ具象画に引き寄せられた

 

3名の女性作家の作品が並んだが、最も気に入ったのは廣瀬慶子の「朝もやのベルン」

縦長の珍しい構図で3分の2は屋根が占め、光の表現が何とも言えない

 

隣の岩永てるみの「パリの休日」も印象的だった

エッフェル塔の透かし細工のようなアーチの彼方にパリの町並みが広がり、コントラストが強調されている

ふだんは観光名所として賑わうこの場所を、あえてひっそりとした場として描いている

人がいない寂しい情景である

「帰郷ーリヨン駅ー」も実に繊細

 

川崎麻児は若い頃良く観た川崎晴彦の娘だそうだが、フィレンツェで描いたという「出るための入口」はいかにも不思議なタイトルだ

 

プログラムの表紙にもなっていた八田哲のスペインの大聖堂をモチーフにした「天空」は実に微細な大作だった

八田は今日との作家で実験的なことにも挑む気風だそうだが、日本画で建物を描くのは珍しい
 

西野陽一は京都在住で、画風は実に広い

画目も多々あるが、動物、植物を描いており、人は描いていないという

日本画風のものと油絵風のものがあるが、ベースは写実であり、抽象画的なものも必ず見たものを描いているという

日本画風の「飛行家族」はサルが木を伝っていく水墨画だが、牧谿などと異なり輪郭線を描いている

円山四条派の流れを汲むが、琳派の影響が強いものもあるようだ

「茜」は穏やかな線で、描くところはかき込んでいる

印が押してある

「竜宮Ⅰ」「竜宮Ⅱ」は、色鮮やかな珊瑚が群生する海にさまざまな生物が遊泳するさまだが、ダイビングをやる西野が実際に潜って体験した情景、印象だとのことで、魚は一匹一匹克明に描かれている

最も気に入ったのは中間的な画風ともいえる「生命の樹」

実に爽やかだった

油絵風と言っていい「黒い沼」は、アマゾンやボルネオの秘境に旅している彼が描く熱帯の密林

ヘビなどの野生動物が生息していて、ちょっと宗教画ともいえる画だが、抽象画的でもある

 

猪飼節子はドイツを拠点に東洋的な線と色と間合いで心象風景を描いているとのことだが、

エッチングの「雨の形」2点は印象的だった

 

中国など悠久の大地を旅し、そこにある空気を大画面に描き出した松本哲男の作品は、宇都宮美術館に多く所蔵されている

大作「トルファン 高昌故城」の舞台は13世紀チンギス・ハンに滅ぼされた城塞都市

地平線が低いのが特徴だが、これは現地に行って地面に座って描いたためだという

 

畠中光享はインド細密画や染織の収集家としても知られ、インドの風俗や仏教を題材にした作品を多く描いている

「インドの少女」は顔はマンガっぽく、手足は細くて落差があるが、分かりやすい表現である

 

シベリア抑留の体験から肉体と記憶に刻まれた傷を作品にあらわした香月泰男のシベリアシリーズ4点は強烈なメッセージを突きつけてきた

表現方法も面白く、ちょっとルオーの版画風でもある

彼の場合、無理やり連れていかれて「異国で描いた」訳である

 

相笠昌義は40歳で1年間スペインに滞在し、スペイン人老若男女と深く交流するなかで100点以上のデッサンを描いたとのことだが、東京で描く人物と異なり、視線が温かで素直に描かれている

「ひげ面の男:ハーメス」と「バルセロナの小学校」が気にかかった

 

抽象画では内間安瑆の「Six Semi-Sphreres」と類似の作品群が印象的だった

内間はアメリカに生まれた日本人画家で、浮世絵を自分の中でとらえたとされるが、二つの国の二面性を内に秘めている

素朴で色鮮やかな木版画を残している

 

 

 

若手作家の育成・支援を目的としてコリドールで開催している「project N」が今回取り上げたのは中村太一

36歳で東京造形大を卒業後友人と共同アトリエを持っているそうだ

このプロジェクトの選考時とは印象の異なった作品だという


中村太一の作品には、キャンバスに油彩、あるいは、紙に水彩で描く具象作品と、“over painting”シリーズと名づけられた、雑誌の切り抜きの上にアクリル絵具や油絵具で自由にストロークを加えたミクストメディアの作品群などがあるが、具象においても抽象においても環境問題を強く意識しており、シンボルやメタファーが用いられ、表層の表現の背後に、作者の一貫したメッセージが深く込められている

環境に関心を持っている画家は日本では珍しいらしい

神奈川県の町工場があるところに生まれ、住んでいるというところから来るものもあるのかもしれない

フクシマにも強く関心を寄せているそうだ


油彩では大作の「Landscape」と、「Typhoon」と「Disaster」の一対が気に入った

 

「Ecofeminism」と対になった「Factory at 4pm」

 

ミクストメディアは、雑誌の記事や表紙、あるいは写真の上に、油絵具またはアクリル絵具によって、線や記号を無造作に描き加えたもので、コンセプチュアルな構成を強く感じさせるものである

気に入ったのは小さな「食卓」

有名になった作品は下の「Untitled」

交尾する二頭の馬の写真(これは、社会問題を扱った広告キャンペーンで知られるイタリア企業ベネトン社のプレゼンテーション・スライドの1枚だとのことで、トリミングされた部分には「WE OFTEN FORGET; WHAT IS NATURAL IS NEVER VULGAR(私たちは忘れがちだが、自然なのは決して下品ではない)」という見出しが付けられている)の隣に、ウィルスか卵子のような有機的な球状をクローズアップした写真がある

実はこれは、「ボタニキュラ(Botanicula)」という携帯アドベンチャーゲームの一場面で、「ボタニキュラ」は、5体の小さな植物のキャラクターたちが寄生されてしまった故郷の大樹の最後の種を救うために冒険を始めるというストーリーで、チェコの有名なゲームスタジオが制作し、売上金は熱帯雨林の保全に寄付されているという

 

 

 

 

 

 

 
田中愛実ちゃんが出演するというので、水中ランナーの「追想と積木」を観に初めて八幡山ワーサルシアターへ
引き続き「いつかの風景」も観る
 
どちらも「記憶」がテーマで、ある意味対になっていると言っていい
 
HPでの紹介は
【追想と積木】
一人の男性が佇んでいる。
とある風景を懐かしみながら。
一人の女性が佇んでいる。
目の前の忘却を眺めながら。
思い出したいものと、思い出したくないもの。
時間を共有した者たちが記憶を辿る。
忘却の後、男は見守る。

【いつかの風景】
一人の女性が佇んでいる。
風化する風景を眺めながら。
回想に想いを馳せる。
一人の男性が佇んでいる。
決意の元に未来を眺めながら。
抜け落ちていくものと、色濃く残ってしまうもの。
共に共有した者と共有出来なかった者。
想いを馳せ、女性は佇む。

「追想と積木」は、過去と現在をリンクさせながらオープニングに回帰するプロットがなかなか良く出来ていた
細部まで作り込まれた舞台、メタファーになっているジェンガ、微妙な調光、最小限だが時計の音が象徴的な音響とも相まって、また暮になっていい拾い物をしたと思った
 
ところが「いつかの風景」はそれを大きく超えてしまった
より密度が濃くメリハリがついて、そのためにエンディングの感動が大きかった
周囲には涙腺崩壊の女性が沢山いた
両作品とも舞台上で異なった時を演じ、時空間をうまく表していたが、「追想」が比較的時点の切り替えがはっきりしているのに対し、「いつか」はそれを絶妙なライティングのもとで過去と現在が混じり合った形で演じ、その融合が複雑であるにも関わらず自然な流れを作っていた
これもセットは固定で音響は最小限だったが、逆にそれが生きている気がした
 
記憶に残った台詞のいくつか
「記憶ってすごく暖かいけど残酷だ」
「記憶がこぼれる」
「忘れることは悪いことじゃない(いいことだ)」
「忘れるって辛いね」
「それぞれの風景がある」
「風景が消えていく」
 
どちらにおいても数組のカップルの話を上手く舞台進行に使っていた
 
タイトルはいずれも最近多い奇をてらったものではなく、観て納得がいくものだった
 
各キャストの表情も良かった
 
 
 
 
 
久し振りに灰衣堂ワールドに泣かされた
 
源義経の五条の橋の上の弁慶との出会いから衣川の戦いまでを描いたもの
こうした物語は灰衣堂愛彩の最も得意とするところ
まあ、前週の「水沫」はこれの布石だったということになるのかもしれないが、本公演はかなり上質に仕上がっていた
プロットについてはキャストとも話したが、なぜ弁慶が義経を殴ったかの経緯とうは歴史物語を知らないと分からないなど、やはりとんでいたところがあったとは思うが・・・
 
相変わらずセット、音響、照明とも美しい
灰堂衣美学といってもいいだろう
殺陣シーンについてもそうだ
 
キャストも皆好演
なんと言ってもぜん
「朱天」、「白煉」の摂政関白藤原兼家役で気に入ったが、またしても雅言葉で双六を振った後白河役法皇役で実にいい味を出していた
初めの方でパッと顔を上げたシーン、頼朝をのぞき込むシーン、双六を振るシーン、頼朝と対峙するシーンは白眉だった
 
源頼朝役の村田佑輔も人物描写が良くできていた
手紙の束を持っている義経にそれは自分だというシーン、義経からの(梶原が隠していた)手紙をつかんで叫ぶところ、後白河院と対峙するシーンは記憶に残るものだった
 
梶原景時役の鈴木貴大は悪役に徹した演技だったが、それだけに最後に義経から頼朝に宛てた手紙を和田義盛に渡すシーンが生きていた
 
藤原三兄弟も目立っていし、弁慶も熱演だった
 
だれだったかもはや分からなくなってしまったのだが、ひょうたんをつかんで縁から飛び降りるシーンも良かった
いかん、どうもこれだけ毎日のようにいろいろ観ているので、早くブログを書かないと記憶が薄れる部分も多い
 
もちろん黒崎翔晴も見せてくれた
特に初めの五条の橋のアクションシーンはいきなり観客の心をとらえた
主要キャストとの絡みもそれなりで、とりわけ「背中で演技する」ところがいい
いつも思うのだが、彼の演技は基本的に淡白である
秀麗というにふさわしい役作りだ
それだけに、キムタクについて良く言われるように、「何をやっても○○」になるきらいがあるのが今後の課題だろう
今回は殺陣も良かった
 
 
 
だんだん付き合いが長くなってきたので、ついに個人でスタンド花をだしてみた