今月最初のチラシを見てチケットを買った演劇
 
世田谷パブリックシアターによる、若い才能の発掘・育成のための事業“シアタートラム ネクスト・ジェネレーション”の第11弾である
 
シアタートラムはずいぶんと久しぶりであったが、このところ小劇場慣れしている身にとっては、こんなに間口も奥行きも立端もあって広かったかなというのが入った時の感想であった
 
いきなりスティールパンの音になごむ
この後も舞台転換は3つの音程の異なるスティールパンの演奏によって行われた
 

山あいの小さな町の老舗スーパー「マルエイ」が舞台

隣町の大型ショッピングセンターが出店することになり、存続の危機に立つ

町民を巻き込んで反対運動を繰り広げるも其の効果なく出店が決まったところである

しかし従業員たちに切迫した様子は無く、内部でさまざまな人間模様(特に複雑な男女の関係)を繰り広げ、マイペースでどこかその運命を受け入れているようにすら見える

そのうち、かつてルエイも地元商店街に壊滅的な打撃を与え、ここに出店したことがわかる

結局マルエイは閉店に追い込まれるのだが、そのあたりは簡潔に描かれる

 

タイトルの「青いプロペラ」を意味するものが扇風機の羽根だと途中で分かりなるほどと思ったが、それ以上に何度も様々な登場人物によって場所を変えて掛けられ、時点進行をつかさどる時計がシンボリックで印象的だった
 
照明はそのシンボリックな時計を活かすスポットの当て方だけでなく、全体的に微妙な調光
が絶妙だった
音響もハトの羽ばたきやシャッターの開閉の音等全般にそのタイミングは素晴らしかったが、惜しむらくは携帯着信音と雨の音の質が今ひとつだった
 
最初に書いたシアタートラムの広い舞台を実にうまく使っていたが、ラストシーンで初めて正面のシャッターが上がり(立端が生かされた)、奥に樹々の生えた景色が出現した時は、最後のこ
ためだけにこの空間が使われたのかと驚いた(アフタートークではマルエイ跡地ともとれるとの発言があった)
 
キャスティングも良く、演技も自然体だった
個人的には坪井役の猪股俊明、佐野役の井上幸太郎の演技が印象に残った
 
プログラムもとてもおしゃれだった
 
 
 
 
 
実に20年ぶりに勅使河原三郎のダンスを観る
世田谷パブリックシアターでの2時間ノンストップのソロダンスは、きわめてストイックな時空間で、観る方もともかく疲れたという記憶が強い
 
それと比べると今回は疲労感は薄かった
双方ともに色々な意味で丸くなったのかもしれない
 
とは言え、極めて優れた身体表現によってもたらされる世界は、優れた演出とも相まってより高みへと達していた
 
第1部は、アルバン・ベルクの「抒情組曲」によるデュエット「ロスト・イン・ダンス―抒情組曲―」
第2部はシェーンベルクの曲をもとに、勅使川原が再構成した「月に憑かれたピエロ」
 
勅使河原はブログで次のように述べているが、これに付け加えることはないかもしれない
「この2つの新作は対をなすものと言えるでしょう。普通一般が共通に持っている美しい音楽というのではないのですが、その高度な音楽演奏と舞台装置、語るように歌うマリアンヌ・プスールさんの素晴らしく魅力的な歌唱、佐東利穂子と私の2人が不可思議で異質な美を体現します。それは「変身」するダンスです。
第一部の「ロスト イン ダンス」は佐東利穂子が踊る「ダンスギリギリのダンス」と言えるまでダンスし(ママ)、個性というものを失うほどで、私が彼女のダンスの捧げた作品です。
佐東利穂子のこの10年の成果は異常とも言えるほど高度で魅力的ですが、特にこのダンスには彼女の頂点を見ることになるはずです。
第2部はシェーンベルクの名曲に新たな展開を与えたものです。
私自身の装置デザインと照明デザインが、光によって闇をあぶり出します。奇妙で素晴らしい音楽に身体の詩、空間の詩、言葉の詩、そんなアリキタリの詩ではない、詩人のいない詩が、
眼球を切り裂く盲目的眩さ(まばゆさ)、くらんだ目の中の出現と消滅が、、、月に憑かれた道化を夜空に放り出す、いいえ、道化は故郷の(ママ)帰っていく、彼に故郷などありもしないくせに!」
 
第1部ではふたりは舞台上に交互に交互に現れるが、特に勅使河原が舞台袖からスーッと現れる様は無から有が立ち現れたようだった
ふたりは舞台上で交錯し、その際に羽織った上わ衣をリレーするのだが、それがまるでマジックのようだった
もちろん二人で踊るシーンも長いのだが、こういう形態もデュオなのだと再認識した
 
第2部の演出は第1部とはガラっと異なりセットもライティングも凝ったものとなっていたが、勅使河原の言葉通りこれらは陰影を表現するためのものであったように思われたが、ダンスと相まってこの曲のストーリーにマッチしたものとなっていた
衣装もまたそれにふさわしいものであった

「月に憑かれたピエロ」の劇中歌はソプラノ歌手 マリアンヌ・プスールが詩情を込めて歌い上げたが、圧倒的な存在感を示した

ウィーン拠点の現代音楽アンサンブル「ウィンナー・コラージュ」を中心に活躍するハイメ・ウォルフソンが指揮し、チェロの山澤慧君ら若手精鋭演奏家たちが演奏した

 

本当は新ウィーン学派が好きなせいもあり、どうしても音楽に注意が行ってしまい、ダンスに集中できなかったのが実情であった

 

しかし山澤君たち、舞台上でのカーテンコールになれてないなぁ(笑)

 
 
 
 
 
 
 
来年2月1日の「若林かをり フルーティッシモ!plus」のレクチャー&デモンストレーション「フルート音楽の変遷」
大量の知識を得ることができ、良い勉強になった
※自分用のメモなので長い
 
第1部 「フルート音楽の過去から現在へ」~フルート音楽の変遷について
ドビュッシー/シランクス
       /牧神の午後への前奏曲(冒頭)
ピエール=オクターヴ・フェルー/三つの小品より第1曲「恋する羊飼い」
J。S.バッハ(シャリーノ編)/トッカータとフーガ(冒頭)
シャリーノ/「歓喜の歌」(一部、増幅がないものと増幅があって少し残響も加えたもの)
 
第2部 「デモンストレーション:ライヒとノーノ」~各作曲家とその代表作について
ライヒ/ヴァーモント・カウンター・ポイント(多重録音+ライブ、スピーカー使用)
ノーノ/息づく清澄のデモンストレーション(スピーカー使用)
 
レクチャーは今年3回目、うち音楽2回(藝大創造の杜におけるルトスワフスキに関しての楽理科教授の解説)
 
若林かをりはウッドフルート使用(恥ずかしながら中に金属が入っているとは今まで知らなかった)
バス・フルートも用意(ノーノで使用)
 
中学校の吹奏楽でフルートを始めたことや、大学時代もソロではなく主にアンサンブルをやっていたこと、ストラスブール留学の動機、向こうでの生活などの話をはさみつつレク
 
シランクスを聴いて音が白尾隆に似ていると思った(自分が好きな彰のではなく)
 
牧神はCis で始まるが、これは全トーンホール開放なので、簡単そうに見えるが、楽器のバランスを取り、また角度を一定に保つことが難しいため、音程に狂いが生じやすい
 
フルートの新しいメカニズムがパリ音楽院において生み出されると、その奏法の発展と確立がなされ、ドビュッシー、フォーレをはじめとするフランスの作曲家たちが多くの楽曲を書いた
それまではドイツの作曲家の楽曲が多かった
加工技術の近代化により新しい曲が生まれてきた
ヴァレーズの“Density 21.5”はプラチナ・フレームのために書かれた(白金の1立法センチメートルあたりの重さは約21.5gとなることによる)~ちなみに今月ノットの指揮で首席の甲藤さちが演奏予定)
 
フェルーの曲は1921年、ストラスブールでの作曲
 
20C前半のフルートは個性的で、楽器がこう吹けと教えて誘い、助けてくれるよう
楽器との対話により楽器と空間が生まれてくる
 
中世、バロック、ルネサンスとは楽器も場も異なる
マラン・マレーの「ラフォリア」からはスペインへと波及した
 
はじめは下の低音消えてしまう(cf.弦は響く)ので、どんな和音がついているのか分からないが、分散和音でわかる
高音は倍音の利用
 
バッハはシャリーノの編曲で現代音楽に
 
こんな音も出るとアクシデンタルなものが、毎回出るようになってフルートのオーソドックスな技法になることによってポシビリティが広がり、現代音楽が成り立つことになる
 
20C後半になると特殊奏法、ノイジーな音、電子音響が通例化
シャリーノの作品は特殊奏法のオンパレード
 
20C音楽からライヒとノーノという対照的な二人を取り上げる
 
ライヒの「カウンターポイント」の1曲目が「ヴァーモント・カウンターポイント」(1982)
(加藤訓子のパーカッションで馴染み)
ライヒはミニマル・ミュージックというものを編み出したが、「ピアノ・フェイズ」(1967)が好例
(有馬純寿の音と映像による解説あり)
ほんのわずかな音のずれが、ちょうど踏切警報機の音のようになり、16分音符に回帰する
繰り返しと調性があることが特徴であり、同じフレーズがずれているだけだが合わせると総譜になる
 
2月1日はノーノの「息ずく清澄」がメインディッシュ、バスフルートによる演奏の多重録音とライブ
通常のフルートの演奏を実演し比較して解説
ノーノはセリー音楽からライヴ・エレクトロニクスへと移行(時代により大きく異なる)
「息ずく清澄」は音の加工が楽譜に載っている
ガイドラインのようなスコア、例えばキークリック
楽譜にDVDがついている!
三段譜で運指と効果を示し、息の音も~耳を澄ます
エレクトロニクスを通すことにより通常消えていく音を出す
繊細で変化に富んだ弱音のハーモニー
ホールの空間特性が生み出す響
(ホール内を移動して体感)