入学初日に受けた試験の結果はレベル「104」で初級クラスにホッとしました。


試験結果は全員分、貼り出されるのですが101~112までのレベルわけのはずが「100」とか「113」とかも見かけたので、英語力0で語学留学に来る人もいれば、逆にビジネスレベルまでクリアしてるのに来る人もいるのだと知りました。


ちなみに試験内容は、もうすでに忘れてますがw

確か、グラマーの試験(マークシート)と、エッセイを書くのと、リスニング、スピーキングのテストでした。


エッセイに関してはテーマを選んで、それについて書くんだけど・・・3つのうちから選ぶって言うのに、どのテーマも完璧には解らなかったので、あれで良かったのか未だに謎(*´Д`)=З


授業初日、104のクラスに行くと、女は私一人だったΣ(・c_,・。ノ)ノ


前日に、少し話したアフリカのどこか出身の男の子がフレンドリーに話しかけてくれたものの、知ってる顔がなさ過ぎて不安過ぎる中授業はスタート。


1時間目はボキャブラリー・・・ようするに単語です。


初めての授業なので、次のレベルに上がるためのstepみたいな説明がメインだったんだけど、ブラウンスキンの先生の英語が全く聞き取れなかった。


そして少し授業に入った時も、先生の英語が解らないだけでなく、クラスメイトが先生に言う英語も、他のクラスメイト同士で会話してる内容も全く聞き取れなくて大パニックになった。


レベル104・・・でも私は、限りなく103に近い104でクラスの中で一番英語が出来ないに決まってる!!!


そんな焦りから泣きだしそうになった1時間目。




いや、出来ることを考えなければいけない。


前日のオリエンテーションで何て言ってた?

「何かあったら、まずは先生に話してみて」

「授業初日にクラスが自分に合ってないと感じたら報告して」


授業が終わったら一番下のクラスに変えてほしいって先生に言おうと決めた。


心の中で考える「I couldn't understand at all. I want to move the lowest class」


授業が終わった時点で先生に告げ、producerの元へ


意志が伝わったことの安心感で、ほぼ半泣き。


producerからは「初日はいつもクレイジーだから心配しないでw」と言われたw


私は過去にやり残してきたことを1からやり直したくて来たから、どうしても1番下のクラスに行きたかったのだけど(学費もすでに12セッション分納めてあるし)まずは一つ下のクラスに行ってみて、それでも辛かったら、また教えてと言われ103のクラスへ移ったのでした。


続く

留学しようと決めてから、実際に語学学校に入学しようと思った日まで1年ありました。


でも、アラフォー・・・・体力もなければ仕事も趣味も忙しく、1年あったにも関わらず「勉強」の準備はあまりできていなかったと思います。


毎日、アメリカにいる友人たちとテキストのやりとりはしていたのですが、それも単語力も文章力もない私には勉強だと思っていました。


実際の会話の中で何度も出てくる単語を自然と覚えて行ったり「そういう言い方するんだ~!!」って新しい知識を得て行ったので、英語には触れ続けた1年だったのですが、今アメリカに来て思うことは単語やっとけばよかった・・・って言うのと、リスニングに重点をおくべきだった・・・と言うこと。


語学学校に通い始めて1カ月が経ちました。


1カ月前、自分の英語のテストを受けた結果はレベル「104」と言うもの。


私が通う学校はレベル101~112までの12段階に分けられていて、入学初日はテストとオリエンテーションとキャンパスツアーになっています。


初日のオリエンテーション・・・・3割くらいしか聞きとれなかった件。


先生の話が聞き取れなかったら、どうしよう。゚(゚´Д`゚)゚。と緊張の中、教室に入ると、とても聞きとりやすい英語の先生から説明を受け、ちょっと安心した。


ダラスは日本人留学生は少ないとされているので、日本人0を覚悟して来たんですけど、何と同じ日に入学した日本人が一人いました!


すごい縁なのが、誕生日が一緒でしたw



私の約半分の年齢、高校卒業したての男の子と「聞きとれた?」となりながら、何とかオリエンテーションを聞きとる。


日本人は他の国に比べて真面目です。

少しでも聞きとれないと「大丈夫か!?」って心配になる人種だと思いますw


いろんな言語バージョンの冊子が配られる中、日本語バージョンだけ存在しなくて、その上「何で、あなたたちの母国語で冊子を渡したのかと言うと、それだけ必ず理解してもらわなければいけないことだからです!」なんて言われた日には・・・・、日本語ないから英語のを完璧に理解できるのか!?!?!?不安過ぎる((((;゚Д゚)))ガクガクブルブル


と、必要以上に((((;゚Д゚)))ガクガクブルブルするのも日本人の特徴な気がしますw


それでも一応、何とかオリエンテーションは終了。


同じ日に入学して、同じテーブル、向かいに座っていたコロンビアガールと友達になった。

途中から、別のコロンビアガールとも友達になり、彼女達が積極的に話して来る一方で「自分は英語力全然だから、彼女たちとは明日からクラスが離れるんだろうな~」と淋しくなった。


学校初日は、他人の英語力についても判断が出来ません。


日が経つにつれて、彼女たちはスピーキングは全然だけど、リスニング力は非常に長けているとか、出身国によって、何が出来て何が苦手なのかが解ってきて面白くなって行きます。


ただ、やはり思うのは、話せないのも大変だけど、聞きとれないことの方が授業を受ける上では大変だと言うこと。


先生の言っていることが、わからない・・・では、本当に苦労します。


今、私が「あ~やっておけば良かった」と思うことは、本当にリスニング力の強化です。


肌の色によって、アクセントや発音のクリアさ、また選ぶ単語も違うそうです。


それは、帰国子女(高校~大学+就職もしていて9年アメリカにいた)友達に「ブラックとホワイトでは使う言葉違うんだよ~」って言われていたので「そうなんだ~・・・」くらいには思っていたのですが、今、一番苦戦しているのは、どちらでもないブラウンスキンの先生の英語です。



全く聞き取れません。

その上、先生がテキストがあまり好きじゃないとかで、ガッツリ予習していっても空振り。

リスニング力を予習復習でカバーしきれないのは、今ぶち当たっている一番大きな壁なのですが、ここを越えないと上のクラスには上がれないので、解らないながらも頑張っています。

小さなきっかけから時間をかけて大きな転機へと変わって行った数カ月。


全て必然だな~と思えたのは、バイリンガルの友達を通じて知り合ったアメリカ人が今、私が留学しているダラス在住の人だったわけですが、なんと・・・・私の日本人の友達もダラスにいることに気が付いた。


長年、美容の仕事をしてきましたが、全くお金に余裕なく・・・、ノルマ達成のために買ったり、他メーカーさんと仲良くなると、つい他のメーカーの商品も買ってしまったり・・・美容に携わる以上、オサレでなきゃいけないかと外見にばかり気を(いや、金を?)使い、更には趣味で始めたはずのダンスがいつの間にか本気で、そっちにもお金が出て行き、良い大人になっても「旅行」なんて夢のまた夢の話で、友達が結婚して旦那さんの仕事の都合でアメリカに行くと聞いても「アメリカは縁のないところ」と思って、アメリカのどこに行くのかも訊いてなかった。


それが、じつは、この広いアメリカで二人は車で20分くらいの距離のところに住んでいたΣ(・c_,・。ノ)ノ


なんか、これは遊びに行くしかないwって気になってきて、思いきってアメリカに遊びに行くことにしました。



それが、ちょうど1年前の3月の話です。



ヘルニアで美容の仕事を辞めた後、OLしていたんで、金銭的にはマイナスにならなくなった・・・やっと・・・のところで、決して余裕はなかったけれど行くことにしました。


勢いは大事!!


お金に苦労しまくってきたから、旅行もほとんど行かずに社会人生活してきたし、だから海外旅行の相場も知らなかったんで、日本からダラスは30万は越えるんだろうと言う思い込みのもと、航空券を検索したら意外に13万とかで拍子抜け・・・


何とか行っちゃおう、今、行っちゃおう!!っと思い立って上司に相談。


今思えば、職場にも恵まれていたからアメリカに行けました。


勢いで友達たちに会いにアメリカへ行くことにしたのが、15年ぶりの海外旅行。


そして初めての一人海外、初めてのアメリカ。



勢い任せで来たアメリカは、全てが大きかった。

テキサス、ダラスしか知らないけど、みんな心が大きくて、人の暖かさに感動した10日間でした。


アメリカに来て、友達の友達と友達になって、日本大好きなアメリカ人の友達が増えていきました。


もっと英語が話せたら・・・・きっと、もっと仲良くなれるのに・・・


そういう思いは、私の過去「英語をやりたかったのに」と言う気持ちに拍車をかけていきます。


そして、帰ってきて「留学したい・・・・」とつぶやいてみました。



私は目にもちょっと問題を抱えているもので、仕事が繁忙期にさしかかった時に、目を酷使しすぎたことが原因で顔が変形したと言うか、片方の目が半分しか開かなくなってしまったんです。


このまま仕事を続けられないと思い、母に退職を相談したところ、


「やめて、どうするの!!」・・・当たり前ですけど、言われます。


そもそも転職回数15回くらいなので、また辞めるのかい!!って話です。


「お金があれば留学したい」


「そんなお金がどこにあるの!!!」となるのは承知の上で言ってみたところ、思った通りの返答でした。



日本にいながら、ネットを駆使して独学で英語を学んでいくのも確かに楽しいけれど、英語から逃げられない環境で自分を追い込んで勉強できたら、もっと早いだろうな・・・なんて思ったのです。



翌日、仕事の昼休憩中、母からメールが来ました。


「留学を全面バックアップすることにしました」



休憩中に一人泣いたのは言うまでもない。

子供の頃から英語出来るようになりたい・・・と思いながら30年以上も放っておいたまま時間が経過しました。


ある日、趣味のダンスを通じてバイリンガルの子と友達になりました。

彼女は、子供の頃から語学に興味を持ち、日本にいながらネイティブレベルの英語力まで到達しているツワモノ。


アメリカ人から「彼女はほとんどネイティブ」と言われるくらいの英語力です。


彼女と出会った時も「羨ましい・・・」の気持ちが一番で、でも自分は英語出来なさ過ぎて、それを言うことも出来ず、「英語教えてよ」を本気で言うこともできなかったわけです。


なぜ、言えないか?


友達に「教えてよ」と言ったら、友達に呆れられたくないので、相当努力しなきゃいけないからですねw


何個か使えるフレーズを勉強したいわけではなく、ちゃんと話せるようになりたい・・・そう思っていたら、努力してきた人に、軽いノリで「英語教えてよ~」なんて言えません。


その友達と、ある日ディズニーシーに行こうと言う話になり、計画を立てていたところ


「あ、その日アメリカから友達が来るんですよね・・・一緒に連れていきますw」


と言われ


「?日本語話せる人?」


と確認したところ


「話せませんw」


・・・・・・・・・・・



ここが運命の分かれ道だったなと今思います。


それでも、英語を勉強したかったんだ昔から!逃げ場のない環境で学ぶのは大事かもしれない・・・。


そう思い、一緒に行くことにしました。


そこに


「友達のアメリカ人とフィリピン人のカップルも一緒に行きたいって言うんで、連れて行きます」


となりΣ(・c_,・。ノ)ノ


アメリカ人2人、日本人2人、フィリピン人1人の5人でディズニーへ行ったのでした。


フィリピン人の子は、日本に10年くらいいるとのことで、英語も日本語も同じくらいペラペラ。


アメリカ人2人は英語のみ・・・そう、英語が出来ないのは私一人だった_| ̄|○



何だか誰の顔も真っすぐに見られなかった一日でした。

全く単語も思い出せないし、文章にもならない。


多分あの日に私が発した英語は「nice to meet you」と「i'm tired」のみ・・・。


でも、その出会いをきっかけに初めてアメリカ人とfacebookで繋がりました。


だから英語で文章を作ろうと、その頃からチャレンジし出しました(2013年の11月)。


今見ると、酷いもんですw



日本大好きなアメリカ人と友達になり、何だか好きなものが似ていた(内面がヲタクと言う面が)。

お互い話したいことはあるものの、全く会話が成り立たないもどかしさ・・・。


写真を見せ合って意志疎通ははかれるものの、やはり自分が英語出来なさ過ぎて悲しくなった。


「国際語」とされている英語を勉強してこなかった自分に罪悪感を感じてならない。


結局、日本滞在中に何度か3人で遊んだものの、自分の英語力に失望しまくりでした。


その後から、英語の勉強をちゃんとやろうと思い、参考書を買い、中学英語から勉強をはじめました。


良い時代だな~と思うけど、国を越えてもLINEでテキストのやりとりは出来るし、facebookでも連絡を取ることができる。


最初のうちはLINEの返信に3日かかるレベル。

そして私の言いたいことは全然伝わらなかっただろうと思います。


ずっと話をしていくうちに、どのサイトを使って調べるのが作りたい文章を作れるのかが解ってきたり、twitterで留学経験者が使える表現をつぶやいてくれていたり、実践を通じて少しずつ、まともな文章を作れるようになっていきました。


例えば、最初に出会った時、私は甲状腺の病気の影響で食べられない物がたくさんあったんですが、実際に話そうとしても緊張しすぎて「I couldn't eat」が出て来なかったんですよね~・・・相当なレベルです( ゚∀゚)・∵.プッ!!


食べちゃいけないって何て言うんだろう・・・とtranslatorを使うと「don't eat」


多分違うわ・・・ってのは解るけど、正しいセンテンスは浮かばない。



留学してからも感じることですが、日本の英語教育のレベルは高いと思います。

ただ、それをアウトプットする機会がないのと、日本人は根本的にシャイなので、アウトプットすることに恥じらいがあるから、知識をしまったまま、出さずに忘れて行くのだと思います。


語学学校で日本人の子と話す時に、ためらいもなく英語で「Hi」と言えるのに、例えば日本に入る時に学校で「英語の授業中は英語しか話さないこと!」なんて言われても、なんか恥ずかしくて出来ないだろうって思うんですよね。


日本人が、どんだけシャイなのかも、留学して感じたことですw


英語の勉強に大事なのはアウトプットだな~と実感することが多々あります。


覚えた単語も実際、アウトプットしてようやく使い方が解る感じです。


なにはともあれ、バイリンガルの子と友達になったこと、彼女を通じてアメリカ人の友達、そして他に帰国子女のバイリンガルの友達ができたことで、手さぐりながら英語の勉強を始め出したのです。




結局、私は奮起して大学受験を決意したものの、英語は巻き返すことが出来ないまま、やりたいことが変わって進路変更をしました。




変更した先は、願書を出せば入学出来る専門学校。


英語の勉強は必要ありません。




だから私は、結局また英語をやり残したまま人生を歩み続けて行ったのです。






子供の頃に思い入れがなかったら「やり残した」なんて思わないのかもしれません。




実際、私の留学が決まった後、渡米前に会った高校の同級生から「昔から、そんなに英語って思ってた?英語に興味ある印象なかったよ」と言われました。




実際は、英語が出来るようになりたかったのに、出来ないから「出来るようになりたい気持ち」すらも隠していましたw




人の目ばかり気にする思春期では「あの成績で、本当は英語出来るようになりたいとか馬鹿じゃないの?」と思われるんじゃないかって言う、いらぬ心配でアウトプットしなかったんですよね。




私に、これを訊いてきた彼女は帰国子女で、また留学経験者で、高校卒業後に一緒に旅行した時、エレベーターの中で外人さんの話を聞いて笑って、話に加わっていたのが印象に残っていて、その時も「私もああなりたい」と、本当は思っていたw




高校卒業して、マクドナルドでアルバイトしていた時、となりが交換留学を受け入れてる私立の高校だったので、外国人のお客さんもたくさん来ました・・・が、全く話せなくて「2年浪人しておいて全くだ_| ̄|○英語・・・話したかったのに」と泣きそうになる場面を何度も経験しました。




専門時代は、外資系企業が多く入ってるビルの中のマクドナルドでバイトしていたので、やっぱり英語しか出来ないお客さんも多く、たどたどしい英語で接客する自分を恥じたもんです。




英語に未練がなきゃ「話せないんだけどwwww」ってなるのかもしれないんですけど、本来、英語を得意科目にしたかったのに!って思いが根底にあるので、英語が必要な場面に遭遇すると背筋が凍りつき、冷や汗が止まらず、「やっぱりやっておけば良かった!!」と泣きたくなるのでした。




メイクの学校を経て、美容の世界に行ってからも、同じような場面に何度も遭遇しました。




渋谷や新宿の百貨店は日本人以外のお客さんも多いです。


たまに英語出来るスタッフを見ると、自分もああでいたかった・・・と自分の人生を後悔してばかりでした。




10年以上、美容の世界にいましたが、唯一「perfectだ!!」と思ったブランドが一つあるのですが、そのブランドをプロデュースしたアーティストが来日した時も、自分の思いを自分の言葉で伝えられない悔しさに悲しくなりました。




そして・・・・




私はHOUSEを愛してやまないダンサーなのですが、NYからEjoeが来たときに、こんな素敵な機会に何も話せないなんて!!と、やっぱり悔しい気持ちになったのでした。






日本で生活していたら、英語は出来なくても生きてはいけます。




でも、英語はやはり「国際語」なんです。




日本語は、本当に素敵です。


日本語大好きです。


でも残念なことに、日本語は日本でしか使わない言語なんですよね。




実際に留学してみて、孤独も感じます。


コロンビアはスペイン語だから、ベネズエラから来たスペイン語を母国語とする子達とも話すことができます。




中国人と台湾人も中国語で話が出来ます。




でも日本語は日本人としか話が出来ません。




日本語しか出来なければ、日本か、海外でも日本語の出来る人としか話ができないのです。




こんなに素晴らしい言語なのに・・・と、それはそれで悲しいのですが、英語はinternational languageだと小学生の時に国語の授業で習った時点で、私たちは「英語が話せたら世界中の人たちと意志疎通がはかれる」と知っているんです。




それでも、やはり英語は難しいから「日本にいれば問題ないし」って、学ぶことを避ける人もたくさんいると思います。




私は、解っていたのに自分が努力を怠った結果、英語が出来ないと解っていて、決して英語を避けたかったわけではないため、頭の片隅に「人生の忘れもの」として英語への後悔を持って生きてきたのでした。




でも、やり残したことは、ちゃんと「やるべき時」が来るように人生は上手くできているのです。