半年以上更新しておりませんでした∑(゚Д゚)

グリーンカードの面接のところまでで話が止まってましたけど昨年末に無事にグリーンカードを取得しました。

弁護士通して手続きしたので、トータルコストは50万くらいかかりましたT_T
でも自分の英語力で申請できる自信もなく、夫に丸投げするのも申し訳なさすぎる量の書類だし、合法だけど留学で入国しといて結婚したから、本当に念のため…弁護士を通しました。

結果的に全く問題なくスムーズに取得できました。

面接は何だか楽しかったしw

でも、夫とは色々話し合って、日本に住もうと言う結論になりました。

私には住めないこの国。

50万…もったいなかったな〜_| ̄|○

書いてなかったんですが、就労許可証を得た後、少し働いてました。
日本人オーナーさんのレストランでアルバイト。

私の英語力で出来る仕事はそのくらいかな?と。

日本人のオーナーさんだから、ウェイトレスとしての仕事以外の点で、私のことを色々評価してくださり、将来的に光栄なお話をいただいたり、大変ありがたい環境ではあったのですが

でも、結局、ヘルニア抱えての立ち仕事は無理で(1日3時間の勤務ですら終わる頃には歩けず)、たった週2回の勤務に変えても脚の痺れが取れず退職しました。

あとは、贅沢言える立場ではないのは重々承知ですが、やはり美容関係の仕事に従事して来た身…ネイルが出来ないのが何だか気落ちしてしまい、将来的にずっとこの仕事では、ずっとネイルが出来ないのもネックに思ったのもありました。

でもやはりヘルニアが1番の理由。

helloとnice to meet youしか言えなかった私が、1年、日本語の話せないアメリカ人と暮らしながら語学留学して思ったのは

1年語学学校行って、英語でアメリカで生活していても、働けるレベルの英語力には達しないのが現実。

子供の頃から英語を勉強してきて、語学学校からカレッジ、大学と進学して行く人達とは全然違うんだなって思った。

でも、この歳でカレッジ行って大学…行くお金もない。

人生やり直せるなら、日本で無駄にしてきた、たくさんの学費を留学に費やしたいw

まあ、やり直せないので、今の私の現実

レストランでバイトくらいは出来る。

でも、他の従業員との意思疎通は非常に難しい。
これがアメリカ生活の現実か…と思った。

きちんと働いて、自立出来るレベルまで英語を勉強しようと思ったけど、ゴールが全然見えない。

専業主婦なんて概念がないアメリカだから、旦那の収入だけでは暮らせないと言うのは通らない。

暮らせないのは私が働けないからだ。

レストランで働いてみて、腰が痛い、脚が痺れて歩けない…どこ行けば良いの in the US?となった時、

接骨院とかないし、カイロプラクティック…調べたら高過ぎる_| ̄|○

働けないのに必要なお金は高い。

バイトもまともに出来ない私、アメリカでどうやって生きて行こうかな〜なんて思っていた時、夫の会社が加入している健康保健の更新時期がやって来ました。

アメリカには国保がないので、民間の保険会社です。

だから、個々の会社の俺ルール。

結婚しました、夫の扶養家族として保険に加入したいですと申告しても、民間会社の俺ルールで更新の時にしか入れないよ…とか普通にあります。←そもそも専業主婦って価値観自体アメリカにないしな。

なので、結婚してから、いつ来るのか分からない、旦那の加入している保険の更新時期まで9ヶ月無保険で過ごしました。

いや、今も無保険なんすけど。

やっと更新時期キタ━(゚∀゚)━!!

と思って、旦那と書類に目を通しました…

まず、加入するのに入会金のようなコストが15万( ゚д゚)pardon?

で、毎月の保険料が約7万( ゚д゚)pardon?

年間、無職の私の健康保険料が100万近く(つд⊂)ゴシゴシ... ( ゚д゚)pardon?

(つд⊂)ゴシゴシ しかも歯科と眼科別( ゚д゚)pardon?

その金額払うくらいならビジネスクラスで帰るけど( ゚д゚)?

この、年間90万の保険には無条件で確実に入れます。
ちなみに夫は無料。

他の保険を探すとなると…既往歴があり、毎日、一生薬を飲まなければいけない私の入れる保険を探さなければなりません。

多分、オバマケアは加入できるけど、オバマケアも何かよくわからない。
英語力なさ過ぎて、ともかく全然分からない。

そしてオバマケアも日本の保険基準に考えていると、まともな収入の得られない私にとっちゃ全く手頃ではない。

日常会話、レストランで働く程度の英語力はあるけど、保険調べるほどの英語力はない_| ̄|○

そして夫は、物心ついてから病院に行ったことない…と言うくらいの健康な人で、会社で無料で入ってる保険も使ったことがないし、どこまでカバーされるか全然分からないレベル。

逆の立場なら私、めっちゃ調べるけど…夫はアメリカは保険は最悪だから既往歴があると入れないか保険料が高過ぎるかしかないと譲らず、特に調べたりはしてないw

何でやってくれないの!とか言う不満は絶対言わないことにしているので、自分で出来る範囲調べたけど、まあ多分、旦那の言う通りだな。

アメリカの(テキサスの)保険は日本とは全然違うので、保険に加入できたところで、日本のように自分で選んで病院に行けるわけではない(契約している保険が使える病院と使えない病院がある)し、なんかもう100万近く払っても色々どうなんだろうと思って、どんどん鬱に。

私、持病あるけど病院行って保険でカバーされるのかわからない…

そんなことより、100万近く払うなら、日本帰って10割負担で病院行く方がまだ安くないかい?

夫は、こんな高いなら保険に入らず日本に年2回帰って病院行くとかにしよう…と言って来たのだけど

それはさ、100万ゆとりがあって、保険に支払うか日本に年2回帰るかと言う選択ならばの話。

今、私の日本の家族がサポートしてくれているからアメリカで生活できているけれど、それはもちろん永遠ではない。

私の貯蓄も限りがあり、働いても増えはしなかったし。

こっちでまともな収入、保険に余裕で入れるほどの収入を得られるだけの英語力が私にはなく、保険に100万払えても、医療のシステム自体にも問題がある、そもそも世界一薬が高いと言われている国で、一生薬飲まなきゃ生きていけない私には、今後この国で生きて行く自信が全く持てなかった。

甲状腺機能低下症に加え、ヘルニア、そして目が悪くて目の問題も多々。

私は夫のように病院に行かずに生きて行ける自信は全くない。

あと、癌家系なのに検査行けないとかも怖すぎる。

そして、この国は年金も、働いてない人は加入が出来ないらしい。

※自分なりに調べた結果なので、完璧なバイリンガルの人が英語できっちり調べたら、また全然違う情報が得られるのかもしれないですが…あくまでも英語レベル低い私が日本語で緩く調べた情報です。

たまに夜中にスーパーに買い物行くと、歯の抜けたお婆さんがレジとかやってるんですが…

こっちで歯医者行ったことあるけど、保険なしで虫歯1本7万円近くかかった。
神経に達していた場合は30万。

お金がなきゃ、歯は抜けるまで何も出来ないんだな〜

年金も、大して頼れないとは聞くけど、こんなにヨボヨボになっても働かないとなのか〜

この、歯の抜けたレジのお婆さん達を見ると、アメリカで生活する自分の行く末を見ているようだ…

いや、私…スーパーで働けるほどの英語力もないから雇って貰えないか…

となり、どんどん鬱に…

ただ、好きになった人と結婚して一生一緒に過ごしたいと思うだけなのに、アメリカって全然良い国じゃない…と、貧乏人は思います。

格差社会なので、お金があるとまた全然違うと思うけどね。

私は、ネイビーでも、大手企業に勤める人でもなく、普通の…本当にごくごく普通のアメリカ人と結婚したので、貧困層よりちょい上…くらいの生活水準です。

そんな私からしたら、自由の国って、どの辺が?( ゚д゚)pardon?ですよw

保険加入せず、ちょっと治安の悪い安いアパートにでも住めば、夫の収入だけで生活できなくはないけど

治安の悪い所に住んでいた時の眠れない生活を思うと無理w

本当に色々考えて、話し合って、日本で暮らそう…と、なりました。

暗いと不平を言うよりも、すすんで灯をつけましょう…の、精神の私

だから最悪は私が養う覚悟で移住を決めましたw

私の学歴や職歴じゃ、日本でも、そんなに大した収入得られないけど

それでも、病院に行くのに色んな覚悟が必要なこの国で怯えて生きるよりは、色々マシかな…と。

夫も学歴がないので、日本で仕事を見つけるのは難しい。

でも、それならそれで良い。

性格的に英語の先生とか向いてないって自分でも言ってるし、私も育った国ではない環境で、やりたくない仕事をするストレスはよくわかっているから、私都合での移住だし、最悪は私が頑張る。

夫に対して家でずっとゲームしていても良いよって思ってる。

それに退屈しない人だしw

私はそれがダメで…どこかに行きたいのに1人で行けない今の環境も、ちょっと鬱になりやすい。

今の生活が日本で逆転した場合

例え夫に収入がなく、私の安月給で2人頑張ることになっても2人とも保険の心配はなし。

夫は仕事見つからず、家にずっといることになっても退屈しないし、よく寝るし(笑)

私の睡眠時間、4.5時間、夫の睡眠時間10時間以上…だから、1日が長い方に合わせて生活する方が良いと言う気持ちもある。

こちらで夫の親から金銭的に助けて貰えることは120%ないけど、日本では私の家族は助けてくれる。

うちの親からも「日本で暮らした方が良い。ちゃんとサポートするから」と言ってもらえている。

最初から甘える気ではないけどw

食事も、ちょっと具合悪い…手抜きしたい時に食べる物が、こちらにはないけど、実家に頼れるようになったら大分ラク。

夫の好物のメキシカンは私が作れるから問題ない。

夫は今、健康とは言え…先のことはわからないから、万が一、夫が病気になった時、アメリカにいたら私は病院にも連れて行けないし医療費も払えないけど、日本でなら何とか出来る。

2人で長く一緒の時間を生きたいから、日本で暮らすことにしました。

アメリカ生活、「日本にいたら救急車呼んでる…」と言う具合悪い状況もあったけど、無保険だからひたすら痛みに耐えて過ごしたり…その間「私、死なないよね?この判断で一生を後悔しないよね?」と何度怖い思いをしたことか。

これがアメリカで生活をする、貧乏な日本人の現実です。

いや、貯蓄しっかりあるけど私。

ただ…使わないで済むなら使いたくないからケチってるだけ。

貯蓄だし。
収入がたくさんあって、今後も増えて行くお金じゃないからね。

日本で具合悪くて病院行っても、何千円かで済む価値観で生きて来てるから、urgent care行って初診料2万、検査料さらにプラス…薬代また何万…を払うのが「仕方ない!」とは割り切れない。

痛い時、具合悪い時、ずっと祈りながら耐えてる。

そんな生活、一生なんて無理だから

蝉は嫌だけど日本で暮らします。

予定では来年の夏頃。

どんな未来が待っているのかな。

久しぶりのブログです。

相変わらずテキサスにおりますし、相変わらずアメリカを好きになれない日々を送っています。

 

今朝、日本時間では24日になったころ。

私は小田和正のクリスマスの約束をリアルタイムで観ていました。

 

人生で初めて自分で買ったCDは小田和正のラブストーリーは突然に。

ずっと小田さんのファンで日本ではコンサートにも行きました。

 

メッセージ性の強い小田さんの歌には、いつも心を揺さぶられます。

 

クリスマスの約束で歌われた「たしかなこと」。

今まで何も考えずに聴いていたお気に入りの曲は、改めて歌詞を見た時に、旦那の心を歌っているように思えて涙が止まりませんでした。

 

それを旦那に伝えたいのに、彼は日本語じゃ解らない。

いっそ英訳してみようと思いました。

 

でも、語彙力の乏しい私には、小田さんの選ぶ素敵な言葉をうまく英語に訳すことはできません。

 

私なりに解釈しながら、私なりに英訳を試みたところ、かなりの意訳となりました。

 

たとえば一番ポピュラーなフレーズ

 

「忘れないで どんな時も」

 

これを、そのまま”don't forget”では、なんだかリマインダーのように思えてしまって違う気がしました。

 

これを英訳するために和文和訳をするならば「ずっと覚えていて」とか「信じていて」みたいな感じなのじゃないかな?と考えました。

 

「哀しみは絶えないから 小さな幸せに気付かないんだろう」

 

これも「人は悲しいことばかり気にしてしまうから 小さな幸せに気付けない」という言いかえをしてみたり。

 

「もう二度とここへは戻れない」も、私たちにあてはめるならば「時間を戻すことはできない(今はこの道を選ぶしかない)」でも、それを哀しいと思わないで・・・みたいな感じかなと。

 

「君は空を見ているか 風の音を聞いているか」

これも、直訳してしまうと現在進行形。

でも、空が見える?下ばかり見ないで顔をあげられる?そんなニュアンスで訳したいと思いました。

 

「せつない時 一人でいないで 遠く 遠く離れていかないで」

これが、ついおとといのことを思い出させました。

昨日はグリーンカードの面接で、私はアメリカでは生きて行ける自信はなく、アメリカの生活が、こんなにもつらいのに、サポートしてくれる自分の親に多大な迷惑をかけながら、アメリカで永住する権利を取得しようとしている、その矛盾と罪悪感で面接前夜に心が壊れました。

 

精神崩壊した状態で母親に電話して、喋ることができないくらい泣きながら部屋から出ていく私・・・、旦那の心配そうな気持ちを背中で感じた。

 

電話して落ち着いた後も、心と頭は別だから、顔は笑顔でも涙だけは止まらず、だから旦那はずっとdaijobu? your mom daijobu? ashita daijobu?って心配そうにしていた。

 

アメリカ生活は、鬱になっては少し前向いて、そして鬱になっての繰り返し。

何も手に就かず泣いてばかりで時間は過ぎていく。

それを旦那は、ただ優しく受け入れて、嫌な顔一つせず、日々、一生懸命に私の気持ちを理解しようと努めてくれるのです。

 

本当に素敵な人と結婚したなと心から思い、そして「たしかなこと」を聴いて歌詞を見て、きっとこの人はこういう気持ちで私といてくれるんだろうなと感じたのでした。

 

著作権等を考慮して日本語詞は載せませんので、気になるかたはこちら

http://www.utamap.com/viewkasi.php?surl=B09576

 

YouTubeにも小田さんの音源はなかったので、こちらも私が大好きな絢香さんのを貼っておきます。

https://youtu.be/A7NW5i2IO_E

いつもなら、自分の英文は旦那のチェック入れてから投稿するのですが、今日はpoorなまま貼りますので、細かい文法間違い等はご容赦ください(特に前置詞と冠詞)。

極端に意訳したところは()で日本語を追記しています。

 

TASHIKANAKOTO/ Kazumasa Oda

 

I was looking up at the sky after the rain in the middle of crowd

People can't notice a small happiness because we always focus on sad things

 

I wonder if I can keep loving and surely protecting you forever

I looked up at the sky and thought what I can do for you now

 

Just trust me
I'll definitely be with you forever

 

We are living at the same time here and feeling the same wind because of it

 

Please take care of yourself as if you were thinking gently of someone

Please don't be alone and don't go far away when you have hard times

 

We should believe in a bright future and shouldn't have doubt even if you feel your sadness will never end

(たとえ悲しい気持ちが終わらないように思えても 明るい未来を信じるべきだし疑うべきではないよ)

 

Let's look for our happiness together because we can definitely find it someday

(幸せを一緒に探そう 二人ならいつか必ず見つけられるから)

 

The most important thing is not special one

Being together in ordinary life may be happiness 

(ありふれた日常の中で一緒にいることが きっと幸せなんだよ)

 

I have something that I haven't yet let you know

I've always loved you since the day I met you

 

Can you see the sky?
Can you listen to the voice of the wind?

 

We can't turn the clock back, but please don't be sad

 

The most important thing is not special one

Being together in ordinary life may be happiness 

 

Just trust me
I'll definitely be with you forever

 

We are living at the same time here and feeling the same wind because of it

I promise I'll definitely be with you forever 

マスタードが嫌いです。

だから ハンバーガーを注文する時にNo mustardと言います。
で、Add ketchup and mayoと言います。

日本のファストフードとアメリカのファストフードとの違いは、抜くだけでなく変更ができるところ。

私は日本のマックで長々バイトしていたけれど、マスタード抜いてマヨネーズ入れてくださいと言われたら、マスタードを抜くことは出来ても、元々入ってないマヨネーズを入れる注文は承ることができませんでした。

アメリカのファストフードでハンバーガー頼むと、50%くらいは味付けがマスタードのみです。

なぜ?💧

でも私はマスタードが嫌いなので、マスタード入れないで欲しい旨伝えます。

で、ケチャップとマヨネーズ入れてくださいと言うわけです。

店員は大抵Alright!!!と言うのですが、必ずマスターギトギトのハンバーガーが来ます💧

若しくは注文と全く違うもの。←POSの違うボタン押して、間違った注文になると思われる。

日本人の正確さ…の素晴らしさを実感します。

まあ、大抵1回目はマスタードギトギトのハンバーガーが来るので、マスタード抜いて欲しいって注文したんだけど…と言いにいき、ついでに「私はマスタードが嫌いなの」と言う情報まで付け加えます。

店員は、そうだそうだ!とばかりに謝り、作り直して来ます。

そして作り直して持ってきたハンバーガーの包みを開けてみると、肉とケチャップとマヨネーズだけのハンバーガーに変わってます。

野菜は( ゚д゚)?

ソースの話しとんねん!

マスタードが嫌いなの…とまで伝えているのだから、嫌いな物だけ、マスタードだけを抜いて欲しいって想像出来ないのか?が、日本人の私には不思議でたまらないのです。

マスタード抜きで味なしハンバーガーになるのが嫌だからケチャップとマヨネーズで味付けして欲しいんだけど、どうしてマスタード抜きでケチャップとマヨネーズ入れてって注文で、野菜全部抜きになるのかがホントにわからない( ゚д゚)

私はマスタードについて話を振られたら、頭の中で味付け、ソースの話だとカテゴリー分けますけど、アメリカではハンバーガーに入ってる物全てと言うカテゴリーなの?

なら何で肉は入ってくるの?

ホントにどういう原理でこれが起きるのか分からない( ゚д゚)

これがですね、私の英語力の問題ではなく

旦那が代わりに注文しても、毎度毎度このroutineなのですよ。

まず最初に注文と全く違うものが来るか、マスタードギトギトのハンバーガーが来る。

で、違うって言いに行くと「あぁ!そうだったそうだった!ホントにすみません、すぐ作り直します」って言って、ケチャップとマヨネーズと肉だけのハンバーガーが来る。

私は食べたいハンバーガーを食べるまでに1時間近くかかるので、ファストフードは私にとっては全くファストではない。

旦那に、何でマスタード抜いてケチャップとマヨネーズと言う注文で野菜全部抜きになるのか理解できないんだけどというと

旦那も分からないと💧

結局、ハンバーガーは食べるなってことだ、多分。

自炊ですね、やはり。
吐き出し吐き出し

日本に帰りたいな~と、漠然と考えている日々。

今の季節は天敵がいるから帰れなくても、それはそれで…なんですが

前回、日本に帰ってからまだ半年ちょいしか経ってないので本来ならホームシックになんかならないのだけど

なんと言うか、「いつでも帰れる」状況なら何てことはないのが「いつ帰れるのかわからない」だと落ち着かないものです。

※現在グリーンカード申請中で取得するまでアメリカ国外に出られない。

今日は何とも現実っぽい夢を見ました。

いつもの如く、母と電話していて

「私は帰れないけど、お母さん来てくれたら助かるのに」

と言ったら翌日来てくれると言う内容でした(笑)

さすがに翌日はないにしても、海外慣れしている母だから、数年前なら「じゃあ、ちょっと…」と、二つ返事で来てくれただろうと思うのです。

私の母はスーパーお母さん。

16歳で軽自動車の免許が取れた時代に教習所に通わずに一発合格で免許を取得し、ずっと無事故な強者。

免許なし、地図は回しちゃって読めない父とは裏腹、一度通った道は忘れない男脳。

空間判断能力を見ていると、母の脳は男脳だろうと毎度思う。

地図、回さないしw

子供の頃は北海道から本州最南端まで、母の運転で色々な所に家族旅行行きました。

父が単身赴任中は「帰って来るって言うから、ちょっと迎えに行ってくる」と大阪まで1人車で迎えに行ったり、兄が独身時代も地方の赴任先まで「ちょっと行ってくる」と1人で出掛けて行ってました。

頭脳明晰…高学歴で、その時代の人としてはすごいと思う。

「私は容姿には恵まれなかったけど、誰にも負けない頭がある」
と自信持って言う。

還暦過ぎても高校数学教えていたし。

私より英単語知っていて発音も良し。

教科書のような綺麗な字を書き、絵もとても上手い。

好きじゃない…と言いながらも、縫い物も完璧。

日曜大工もこなす。

若い頃は運動神経も抜群だった。
今はもう歳だけど、でもまだバレーボールやっている(笑)←半世紀以上w

海外旅行も一体何ヶ国行っているのか?ってくらい父と二人で旅行しているので、とても慣れていて(母が全部手配して、母が父を連れて行っているようなものw)

きっと数年前なら「じゃあ、ちょっと」とダラスまで来てくれたんじゃないかなと思う。

数年前なら…というのは、今は父がアルツハイマーで1人には出来ない状況だから。

母は8年前に大腸癌(これは本当にヤバい状態で見つかったので全快は奇跡)、3年前に肺癌で入院、手術をしているのですが

8年前の入院、手術の時は父を1人にしておけたのが、3年前の入院、手術の時は父が1人で何も出来ないことで「やはりおかしい」となったのでした。

その前から、おそらくアルツハイマーじゃないか?と疑問を持っていた母と私は、母の入院期間に確信を得て、物忘れ外来へ。

予想通り、アルツハイマーとの診断でした。

アルツハイマーに関して考えることは、またいつかの機会に書きたいと思っています。

父方の祖母も同じ感じでしたので、遺伝的なことを考えなくもないのです。

私が国際恋愛を始めた時に、相手に日本語を学ぶことを求めずに自分が英語を勉強する決断をしたのも、この、身内にアルツハイマー患者がいることと関係しています。

なので、そのことは、いずれ書き起こしたいと思っています。

話は戻り

渡米するまで、パラサイトシングルで35年間実家暮らしで、何でもお母さんお母さんで来た私にとって、海外暮らしは、たまにものすごく母が恋しくなります。

母方は割と癌家系で、前述した通り、母は2度癌を患っており、二度の癌告知には「親との時間には期限があるのだな」と実感させられました。

離れて暮らすことは、母と過ごす時間が少なくなるとも思ってしまい、時にどうしようもない気持ちになります。

母方の祖父は40代で亡くなっているのもあり、時に不安になります。

旦那には「母離れ出来なさすぎる」と言われるのだけど

旦那のお母さんは、18歳で出産しているから、まだ50歳だし…

私の母は、もう67歳だし、2回癌やってるし、癌家系だから先のことが不安で一緒に過ごせる時間は大事にしたいのです。

だからグリーンカード取得後は、1人長期で帰る予定。

旦那は私と長く離れるのを嫌がるので、最初は2人で20日(旦那のバケーションの最大期間が20日)と言って譲らなかったけど、前回一緒に帰国した時に私の忙しさに目が回ったそうで、1人で帰るのをOKしてくれた(笑)

次の帰国は日本での挙式もあるので、1~2ヶ月は私1人で日本滞在で、後から旦那が合流して20日一緒に過ごして帰りは一緒に戻ろうと検討しています。

いつになるかは不明だけどw

でも、その後も、1人で長く帰るの理解して欲しいなって思います。

こんな私のこと、大好きでいてくれるのは本当に本当にありがたいんですけど(笑)

でも、やっぱり母との時間は永遠ではないから、たまには1人で日本に帰って母との時間を大事にしたいのです。

もう、それを説明できるだけの英語力もあるので、ちゃんと理解してもらって、年に一度は日本に長期で帰りたいと思っています。

と…先のこと考えても仕方ないのですが、早く日本に帰れる日の目処がたつと良いな。

テロ多発の影響で、今手続きが大分厳しくなっているそうです。

できることはないので、ひたすら前向きに待たないとですね。

あぁ…母恋しw

父に対しては26~27年前から終わらない反抗期なので、父とセットでならアメリカに来れると言われても、それはお断りな私なのでした(^_^;)
ついに引っ越しが始まりました。

いや、何の告知もしてませんでしたけど(笑)

テキサスに来て2度目のお引越し。

1度目は、去年の3月。
私がテキサスに来て、旦那が1人で住んでいたアパートに1週間くらい居候した後、同じアパートの2人で暮らせる大きさの部屋に引っ越しました。

その時は、私の英語力が底辺以下で、引っ越し先の部屋が嫌だったのに何が嫌なのか上手く伝えることが出来ませんでした。

また、アメリカのアパートの探し方も、基準も分からないし、何が当たり前なのかもわからず…。
なので旦那の言う通りに、大丈夫だと良いなと念じつつ引っ越しました。

本当は間取りも、部屋が1階であることも、3階建ての棟なことも床の素材も嫌だったのだけど、言いたいことが英語で上手く言えず(´;ω;`)

イヤイヤながらも、住めば都になるのかな…と不安いっぱいで引っ越した。

イヤイヤ引っ越して来た部屋は、住んでも都になることはなく、嫌で嫌で仕方ないまま契約が切れるまで15ヶ月…ひたすら我慢して住みました。

斜め上の住人の傷害事件に始まり(夜にものすごい叫び声が聞こえて、何事かと思ったらカップルがケンカして男がパートナーの娘を刺したと言う(-_-)無事だったけれども)、犬の糞を始末しない飼い主も溢れており、玄関横の土になっているスペースに何も植えてなかったので、絶好のトイレスポットだったらしく、犬を飼ってもいない私たちが始末しなければ玄関開ければ臭いし、そこに集るハエが家にも入る。

窓の外はとても空気が悪く、換気扇もないのに窓は一切開けられない。

私達の上の部屋に引っ越して来た若者は重低音ガンガンで奇声を上げながらパーティ。

カラオケマシン買ったようで夜の12時からカラオケパーティー始めたり(-_-)
カラオケ屋に行けと思う。

騒音で眠れないのは旦那が夜勤の週末なので1人で我慢するしかない。
学校通っていた頃は気が狂いそうでした_| ̄|○

日本なら管理会社や大家さんに掛け合うのですが、アメリカは、少なくとも私の住んでる地域は?オフィスに報告しても何も解決しないそうで、当人同士が話し合うしかないと旦那に言われた。
旦那が話しに行くと言ってくれたけど、頭のおかしい人と話して刺されたりしたら嫌だし、引っ越しの時期をひたすら待ちました。

週末のパーティーに関しては、その頭のおかしい人の部屋に来る頭のおかしい客が窓1枚のところに立っている、石でも投げようものなら簡単に進入できると思うと、そんな部屋に夜中1人で過ごすのは本当に怖くて怖くて、住んでも住んでも居心地が良いと思うことはありませんでした。

結果的に、旦那が夜勤でいない週4日、私はきちんと眠ることが出来ずに、疲れた15ヶ月だったな。
夜中にゾクっとして目が覚めて眠れないことばかりだった。

旦那は同じアパート(の違うタイプの部屋)に何年も住んでいたそうで、そのアパートが気に入っていたのですが、私は何としても引っ越したくて、ともかく物件を探しまくりました。

確かに、引っ越してくる前の旦那が1人で住んでた部屋は窓も開けられたし、静かですごく良かったんですが…部屋を変えただけで、こんなに酷いとは😭

旦那は最初は全然乗り気ではなかった←引っ越しが大変だから。
でも私が週に4日も全然眠れないこと、何かあっても誰にも頼れないことを伝え、ようやく考えてくれました。

1年経てば英語のサイトでアパート探せるまでになりますね(笑)
今回の物件は私が見付けた所。
週4日、夜旦那がいない時に何かあったら誰かに頼れる環境に引っ越したくて、旦那の叔父さんの家から5分のところに引っ越しを決めました。

旦那の叔父…と言っても旦那のお母さんの10歳下の弟だから、じつは私と3歳しか変わらずw

私とも、とても良い友達なのです(^^)
そしてその彼の旦那さんが、とても頼りになる男らしい人なので、彼ら2人が5分で行ける所に住んでいてくれるのは私にとっては、とても心強い。


今の部屋に決める前に、旦那が見付けた物件も見に行ったけど、私は絶対嫌だった。

でも今回は嫌だと言う英語力もちゃんと身についておりw 全力で反対→旦那は渋々色々調べたところ、住人からの、ここだけはやめておけと書かれたレビューが大量に見つかり諦めてくれた!

ちょっと笑える話だけど、見に行った時に私は「すごく古い感じだし、ボロボロだから虫とか多そうで嫌だ」と思ったのに、旦那は「アンティークなデザインなんだよ!」と言っていた→実際はものすごく古かったw ほら!w

そして私が見付けた物件に、空きが出て引っ越し決定ヾ(*´∀`*)ノ゛

今回はテラスハウスです。

そして背面が森です(°ㅂ°)

プライバシーがっちり!
そして、キッチンに窓があります!
トイレや風呂場にも窓があります!
背面は森だから、誰も通らないし犬の糞もない!
窓開けて換気ができます。
窓の外、リスが顔出したりする平和さ(つД`)・゚・

そして、前の家は照明が少なくて、自分たちで別にライト置いても暗かったけど、新しいところは照明がきちんとあって明るい(´;ω;`)
トイレも1階と2階両方にあるから来客も安心(´;ω;`)
ガレージもあるから雹に怯えることもなし。

何より、住む家を小さくしたけど、家賃は少し上げて住民の質が良いところを選びました。

ともかく静か(´;ω;`)
アパートの敷地内ものどかで散歩できちゃう(´;ω;`)

もう全てが素晴らし過ぎて泣けてくるノT□T)ノ┫:.・┻:・'┣.:ウワァァン

引っ越しに疲れて作業途中で床で寝落ちたけど、床で寝ても久々に熟睡できたと思うほど、気持ちよく眠れたw

住んでみなきゃ分からないけれど、100%前のところより良いと思われます。

新しい生活が楽しみですキュ=(*´∀`*)⇒ン

旦那の通勤時間も5分くらいになり、何かあった時も気楽。

前の部屋は住んでも住んでも自分の家って感じがしなかったけど、今のところは引っ越し開始した日から自分の家!って感じがして落ち着きました。

住む環境って本当に大事だと思います。

浮かれてマリオのウォールステッカー買ったから、今はファミコンぽく部屋をデコるのが楽しみです!