とても素晴らしくて感動して涙が出ちゃった
昨日は南交流センターで骨盤エクササイズのレッスンがありました。
一人、金属アレルギーの治療のため、長期のお休みをしていますが、あとは全員参加。
一時は存続の危機かと思いましたが、ここのクラスは本当にみなさん仲が良くて、エクササイズを大変気に入って下さっているので、なんだかんだですぐ満員になってしまいます。
長与地区は住んでいるところからは遠くて、平日の夕方の移動には小一時間かかってしまいます。
夏の間は到着まで明るいんだけど、秋のこの時期になるともう外は暗いです。
街中を過ぎるともう高い建物がないのでこの辺りで見る月はとても綺麗です。
最後のクールダウンに5分くらい時間をとってみました。
ここの和室は、床の間と出入口の電気だけでちょうどいいくらいの明るさになります。
丹田を意識した深い呼吸はとてもよいエネルギーを生みました。
なんだか、英語を訳した時のような文章になって自分でも気持ち悪いですが(笑)、とても良い月でしたよ。
中秋の名月は昨日でしたが、満月は今日の夜だそうです。
実は、
台湾の女の子と仲良く資料館に行く前に、
島原城へも行きました。
それでやっと
マーティン・スコセッシ監督の
【沈黙サイレンス】
を観たのです。
お城の中に隠れキリシタンの歴史展示物があるからね。
この像は平和記念像を作った北村西望(きたむらせいぼう)の作品です。
日蓮上人の辻説法という像みたい。(ほんとかな)
辻説法の「辻」という場所って鎌倉にあるんですね。
鶴岡八幡宮に行ったときに友達が説明してくれてたような気がするけれど、
その時は全く反応しなかったように思います。(無知だった・・・)
ああ!
【喝!】
という看板を写真のフレームに収めればもっとよかった!
それでもこの写真は島原行きの写真の中でもベストショットじゃなかったかな。
長崎人は優しいけど、
島原の人はもっと優しい。
お城の前で、お城の屋根まで全部撮ろうとしたらどんどん後ろへ下がらなくちゃならないんです。
そばを通っている人に写真をお願いしたら、その人は両手に荷物を持っていたんだけど、その荷物を自分の車に置きに行くと、
「綺麗に写る場所がありますから」
と私たちを一番いい場所に連れて行ってくれました。
ね、優しい。
ほらね、前の写真とはぜんぜん違いますよね!
(お城見てね)
それにしても日差しが強い。
影が真下です・・・
メンバーを見てわかる通り、英語と日本語とちょっぴりフランス語の楽しい一日でした。
涼しくてみんないい笑顔。
お城の中はクーラーが効いてなくて暑かったけど、
一番上の展望台では風が吹いて気持ちよかったです。
お約束の具雑煮は、外国の人には不評だったみたい。
島原の伝統的な料理で、餅と野菜がたくさん入っているとだけ説明したけど、
次からもっとちゃんとどんなものが食べられるか苦手な日本の食べ物の話を聞いてから案内してあげようと思いました。
そういえば私もシンガポールの地元料理はほとんど食べられなかった。
二年じゃ無理よネ。
当日の私が好きだったのは、ミースープとチリクラブくらい。
あとは、台湾料理と韓国のビビンバと・・・海南鶏飯がちゃんと美味しいと言って食べられるようになったのは帰国してからだし、
チキンソテーも昔は嫌いだったし、
島原のハートストーン❤️
カラダを冷やすために入ったと言っても過言ではないカフェ。
外からはわかりにくいので地元の人に聞いても知らない人が多いみたい???
お庭にはミスト。これ、去年、スカイツリータワーで初めて体験したけど、このまわりの気温が下がる優れもの。
【スペースeカフェ】
ここはまた行きます。
美味しいエスプレッソを出してくれるカフェです。
飾ってある絵が素敵なんですよ。
コーヒーが苦手な二人には付き合わせちゃったけど。
このあと、地元の生徒さんおススメの炭酸泉のある温泉に行きました。
男性陣と女性陣に分かれて一時間後に休憩室で待ち合せようと言ったら、
「そんなに~?」
という顔をされたので、
「じゃあ、50分後」
と決めたのに、実際には男性陣の方が長湯で、一時間過ぎても出てこなかった。
気を使ってゆっくりしていたのかどうかは定かではない(笑)
その後、
「どこか景色の綺麗なところに行きたい」
と言われて雲仙岳にも行きたかったけど、いかんせんそこは軽に大人4人はさすがにちょっと無理があって、
やっぱり大きい車がいいな、こういう時は。
車買おうかなと思った(笑)
そういえばこの後、台湾の女の子は、
「小さくていい車ね。小さい方がいいわ、買い物の時とか車停めるのに困らないでしょ?」
って言ってくれたんだっけ。
若者いいな。可愛いな。
Age is just a number.
とはいうけれど、
その年齢の二倍生きてきたのに、
「未熟だわ、私~」
と思い知らされる夏。
景色のいい場所は千々石(ちぢわ)展望台しか思いつかなかった。しかも思い付いてくれたのはEちゃん。
でも、ギリ、ジャガちゃんに間に合った。じゃかちゃん食べたあと、ソフトクリーム買いに行こうとしたらもうお店閉まってた。
じゃかちゃんは、
昔よりうんと美味しくなってて、
丸ごと茹でておいたジャガイモに甘いホットケーキミックスの衣をつけて揚げてあるみたいだった。人気なのわかる。
なんかすごく似合ってない?
この展望台に来るのは、5年ぶりだったな。いや、去年、娘と来たっけ?
島原の街は本当に久しぶりで、Eちゃんがいなかったら小浜経由で雲仙登ってたな。
今度は南島原に行ってみたい。
からゆきさんの資料館見て、
西望公園にも行ってみたい。
あと、青い理髪店と金物屋もね。
それから外海町の遠藤周作館にももう一度行ってみたいと思う。
猛暑の中、みんな付き合ってくれてありがとう。
お友達の写真がいっぱいなので、
期間限定一般公開にします。
兄弟喧嘩をするたびに、
『喧嘩両成敗』
『大岡越前』
『罪を憎んで人を憎まず』
まぁ、いろんなことを聞かされましたが、
やはり一番心に残ったのは蒋介石の話でした。
爪を剥がされるなんて、
想像しただけで痛い気がします。
どうして許せたんだろうと思いました。
水曜日の夜、
ランエクで知り合った台湾の女の子が
『明日は原爆資料館に行く』
と言うので一緒に行くことにしました。
彼女はいろいろなことを勉強していました。
長崎は山に囲まれたすり鉢状の地形だったから、山に放射能が遮られたこととか、
被爆者は原爆のことを話したがらないことも知っていました。
『手の皮がズルリと剥けて手の指の先にだらりとぶら下がって…』
どちらかというと女性の方が話してくれてたかもしれません。
本当は、
私たちもいろいろな話を聞いて知っています。
「あなたのお父さんも話したがらなかった?」
そう聞かれていろいろなことを思い出しました。
子供の頃、見た資料館で一番怖かった写真は置いてありませんでした。
原爆で何もかもあっという間になくなってしまった町の名前が、大人になって今ならどの辺りのことかわかります。
何キロメートル、
何万人と聞いてもピンとこないけど、
いっぺんにあの町とこの町がなくなったと聞くと、なんでそんな兵器があるのかと思います。
クリント・イーストウッドが作った
【硫黄島からの手紙】
という映画をまだきちんと見ていません。
日本人側の視点からと、
アメリカ人側から作った二つをあわせて、
一つの作品となっています。
私は戦争は知りません。
だけどまだ私が子供の頃は、
お盆だとか遠い血の繋がりがあるかないかわからないおじさんがビルマ戦線の話をしようとしたり、それを子供には聞かせるなと遮るおばさんがいたりしました。
その様子から感じとることもあったかもしれない。
そういえば、
同級生の一人が台湾国籍でした。
元気にしてるかなぁ。

1ヶ月に一冊、
買ったり買わなかったり。
長崎では、
小学4年生になると、
社会科見学で原爆資料館に行きます。
昔の資料館は、
今よりもっと怖かったです。
被爆者だった父は、
『いっぺん行ってみようかと思うけど、
足の向かん(足が向かない)ね。
おまえたちは行ったとか』
と言っていました。
結局、一度も行かなかったんじゃないかな。
被爆者手帳を持つのを嫌がっていました。
そのことを、
『知られたくないからだ』
『自分の子供が2世だと知られたくないからだ』
という人がいますが、
祖母も叔母も被爆者手帳を持っていたし、
私は父が原爆を体験していたことを一度も隠したことがありません。
(主人が福岡の出身です。
お義母さんに被爆のことん聞かれて初めて自分が2世であることを意識しました。
長崎の私の回りの同級生はほとんど2世なので考えたこともありませんでした。)
物事というのは、
同じ出来事を同じ場所で体験しても、
人それぞれ、
受け取り方も、
その後の考え方や行動も、
全く違うことがあります。
父には父の、
譲れない感情があったんでしょう。
『日本人もひどいことをいっぱいしてきた』
『アメリカ人はね、子供部屋の一人ひとつずつあるとぞ。お父さんが部屋ば建ててやるけんな。』
そう言って、アメリカの豊かな暮らしを夢見る話をしてくれました。
【日本軍が蒋介石の爪を剥がして拷問したのに、蒋介石はそれを許した
】
それは子供心に衝撃を与えました。
沈黙 -サイレンス- https://g.co/kgs/D38nK2
自分の気持ちが沈んでいるというのとは違うけど、
つらく悲しい映画やドラマを見るだけの気力のような、
エネルギーが足りないような、
とにかく、
見れないときが人生にはあると思う。
ここしばらくの私はそんな感じだったが、
最近やっと回復して、
この映画を見ることができた。
だけど実際はそんなに重くのしかかってくるようなものではなくて、
深く考えさせられる映画だった。
ピーターフォンダさん、
亡くなったんだって。
果糖について質問してくる生徒さんが出てくると予想されるので、シェアさせていただきました。
翻訳ってホントに難しいですね。


























