美姿勢スペシャリスト☆KEIKO☆ カラダのラインが綺麗になって、体の調子が整うエクササイズ -32ページ目

美姿勢スペシャリスト☆KEIKO☆ カラダのラインが綺麗になって、体の調子が整うエクササイズ

Even if I became a grandmother, I walk with natural grace
おばあちゃんになっても、美しい立ち姿の女性でいられたら、どんなに素敵なことだろう。

写真の順番がめちゃくちゃかも。

『そういえば、長崎にはタピオカドリンクのお店ができたのよ。まだ飲んでないけど。』

そういったら、
彼女は
『それは台湾の飲み物よ!私はミルクティじゃないのが好きなの』
と言うので、
とりあえず青いお茶のを頼みました。

『お店では買ったことがないけど、コンビニのは飲んだことがある』
と言ったら、彼女は怪訝そうな顔をして
『? タピオカは時間が経つと真ん中の芯のあたりから固くなってくるのよ。だから…』

確かに。
車を運転しながら飲んでいたらだんだん固くなってきてしまいました。




兄弟喧嘩をするたびに、
『喧嘩両成敗』
『大岡越前』
『罪を憎んで人を憎まず』
まぁ、いろんなことを聞かされましたが、
やはり一番心に残ったのは蒋介石の話でした。

爪を剥がされるなんて、
想像しただけで痛い気がします。
どうして許せたんだろうと思いました。




水曜日の夜、
ランエクで知り合った台湾の女の子が
『明日は原爆資料館に行く』
と言うので一緒に行くことにしました。

彼女はいろいろなことを勉強していました。

長崎は山に囲まれたすり鉢状の地形だったから、山に放射能が遮られたこととか、
被爆者は原爆のことを話したがらないことも知っていました。

『手の皮がズルリと剥けて手の指の先にだらりとぶら下がって…』
どちらかというと女性の方が話してくれてたかもしれません。

本当は、
私たちもいろいろな話を聞いて知っています。

「あなたのお父さんも話したがらなかった?」
そう聞かれていろいろなことを思い出しました。

子供の頃、見た資料館で一番怖かった写真は置いてありませんでした。

原爆で何もかもあっという間になくなってしまった町の名前が、大人になって今ならどの辺りのことかわかります。

何キロメートル、
何万人と聞いてもピンとこないけど、
いっぺんにあの町とこの町がなくなったと聞くと、なんでそんな兵器があるのかと思います。


クリント・イーストウッドが作った
【硫黄島からの手紙】
という映画をまだきちんと見ていません。

日本人側の視点からと、
アメリカ人側から作った二つをあわせて、
一つの作品となっています。


私は戦争は知りません。
だけどまだ私が子供の頃は、
お盆だとか遠い血の繋がりがあるかないかわからないおじさんがビルマ戦線の話をしようとしたり、それを子供には聞かせるなと遮るおばさんがいたりしました。

その様子から感じとることもあったかもしれない。


そういえば、
同級生の一人が台湾国籍でした。

元気にしてるかなぁ。




1ヶ月に一冊、
買ったり買わなかったり。

長崎では、
小学4年生になると、
社会科見学で原爆資料館に行きます。

昔の資料館は、
今よりもっと怖かったです。

被爆者だった父は、
『いっぺん行ってみようかと思うけど、
   足の向かん(足が向かない)ね。
   おまえたちは行ったとか』
と言っていました。
結局、一度も行かなかったんじゃないかな。

被爆者手帳を持つのを嫌がっていました。

そのことを、
『知られたくないからだ』
『自分の子供が2世だと知られたくないからだ』
という人がいますが、
祖母も叔母も被爆者手帳を持っていたし、
私は父が原爆を体験していたことを一度も隠したことがありません。

(主人が福岡の出身です。
お義母さんに被爆のことん聞かれて初めて自分が2世であることを意識しました。
長崎の私の回りの同級生はほとんど2世なので考えたこともありませんでした。)

物事というのは、
同じ出来事を同じ場所で体験しても、
人それぞれ、
受け取り方も、
その後の考え方や行動も、
全く違うことがあります。

父には父の、
譲れない感情があったんでしょう。

『日本人もひどいことをいっぱいしてきた』
『アメリカ人はね、子供部屋の一人ひとつずつあるとぞ。お父さんが部屋ば建ててやるけんな。』
そう言って、アメリカの豊かな暮らしを夢見る話をしてくれました。

【日本軍が蒋介石の爪を剥がして拷問したのに、蒋介石はそれを許したびっくり

それは子供心に衝撃を与えました。







沈黙 -サイレンス- https://g.co/kgs/D38nK2

自分の気持ちが沈んでいるというのとは違うけど、
つらく悲しい映画やドラマを見るだけの気力のような、
エネルギーが足りないような、
とにかく、
見れないときが人生にはあると思う。

ここしばらくの私はそんな感じだったが、
最近やっと回復して、
この映画を見ることができた。

だけど実際はそんなに重くのしかかってくるようなものではなくて、
深く考えさせられる映画だった。



ピーターフォンダさん、
亡くなったんだって。


梅月堂 浜屋別館4階。
濃厚なソフトクリームラブ
ほどよい甘さのシースケーキ。

最後のシロップ、
じゃなくて、
ソース、
じゃなくて、
えっと、えっと…

マンゴーの…


ペーストかな?

800円。
値段で迷ったけど、
なるほどのお値段でしたニコニコ
レッスンの最後に、
幼児に手紙を渡したら、
『サンキュー』
とか
『てんきゅー』
と、言ってプリントを受けとる。

「最初は『へいわ』よ」
と言うので、
「平和!?
と聞き返したら、
「ちがう!!!
と否定された。

「わたすときは『へいわ』で、
    もらう人は『サンキュー』」

なるほどねウインク

ホールからマット20枚を借りて敷き詰めました。
7年前にはこのマットはまだなくて、
ブルーやグリーンのピクニックシートを敷き詰め、
その上に、ヨガマットを置いてレッスンしました。

小さい子どもたちがたくさんいてね。

懐かしい部屋です。



お盆を挟んで二週間後、
19日にまたこのお部屋でお会いしましょうおねがい