人は助言はくれるけど、
答えは自分で出さなきゃならない。
人は助言はくれるけど、
答えは自分で出さなきゃならない。
全くお洒落を考えない私がいる。
子育て全開で、
お洒落を考えなかった時代の私を思い出す。
でも、
段じゃないよ。
だって、
娘の事を思えばお洒落なんてどうでもいいの。
孫はその先を行くからね。
子育てだけじゃなく、
女には
『自分に構っていられない時代』
がある。
イクメンにわかるかなぁ?
わかるかなぁ?
わからねぇんだろうなぁ。
その本能と、
子宮と、
その先にある内臓たちは、
おやすみ
幼稚園の紙芝居。
お母さんがいない所で牛を見た子供のカエルが家に帰って
『すごく大きかった』
と母親カエルに言う。
母親カエルはそれを聞いて
『これくらいかい?』
と腹を膨らませて見せる。
『うううん、もっと』
そう言われて母親カエルはもっとお腹を膨らませる。
『このくらいかい?』
『うううん、もっともっと』
母親カエルは何を思っただろう。
もっと大きく膨らまそうとして、
『パァン‼️』
と音を出して割れてしまった。
え"え"~❗
って思うけど、みんなで大笑いして聞いてたんだよねぇ。
子供なりに
『変なの~』って
思ってたんじゃないかしらねぇ。
今の時代だともしかして残酷だから幼稚園では読めない一冊だったりしてね。
50年も昔の話だからねぇ。
『やればできる』
の『できる』は『何が』できるのかというと、
『世界記録がだせる』
ことではなく、
『大統領になること』
でもなく、
大抵の場合は、
標準とか平均的に他のみんなができる範囲のことを指すのではないか。
『私だってやればできるのに』
が過ぎると、
『頑張ってないからできないんだ』
と思ってしまう。
『運動したらモデルみたいになれる』
なんて思ってやしないかい?
正直に言わせてもらう。
『どんだけ自分のこと美人だと思ってるわけ?』
もう我慢できない。
みんなで正直になろうよ。
そもそもそんなに長い骨持ってた?
うんうん、わかるよ。
背は高いし、スラッとして見えるよね。
良かったねぇ、背の高いおうちに生まれて。
でも、手、短いじゃん。足もそれに比例してるじゃん。
もっと現実見ようよ。
今の自分のベストでしょ。
元々生まれ持ったものを磨いてる姿が素敵なんでしょ。
可愛いんでしょ。
それを辞めちゃうからつまんないんでしょ。
おばちゃん、
いや、
ばあちゃんになっちゃうんでしょ。
綺麗な人だなぁって思う人をよおく観察してごらんよ。
目鼻立ちが整ってるから綺麗なんじゃない。
手足が長くて痩せてるから綺麗なんじゃない。
身綺麗にしてて、
立ち居振舞いが美しくて、
目が輝いてるから綺麗なんじゃない?
背が低くても、
ふっくらしてても、
綺麗な人は綺麗でしょ?
叶う夢はあるだろう。
きっとたくさんあると思う。
諦めろと言ってるんじゃない。
もっとちゃんと現実見ましょうよ。
その人の骨格には、
その人に合った美しさがある。
もっともっともほどほどにしよう。
『やればできるはずなのに、出来てないからブスなんじゃない』
今、ここにいて、
努力している姿が美しいんです。
可愛いんです。
愛しいんです。
そして今日頑張った分、
明日また綺麗がプラスされてるんです。