人権月間 | ブー子のブログ

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損したらどうしよう、と思ったら、やめればいい。
それはやりたくないことだから。

損してもいい、と思ったら、やればいい。
それはやりたいことだから。

私のPCの調子が悪くて弄り倒してそろそろ1ヶ月経とうとしているんですが、

マウスが悪いのか、

1回リセットした方が早いか。

・・・でもここでずっと思っていた事は、

私は機械音痴だし。

横文字苦手だし。数字を見ると目まいがするし。

記憶力ないし・・・大和撫子ってこんなもんでしょ。と思っているわけなんだけれど、

必要に迫られると大和撫子とて行動しないわけにはいかず、

ましてや金を払わないと誰も大和撫子を助けちゃくれない。

仕方がないから、なんか色々と1個1個検索にかけてみてはやってみた。

コツコツと地味~に・・・それにしても時間ばかりかかります。

やれば出来る物で動くようにはなった。

で、何を思ったかと言うとこう言う地味な仕事でもだまぁってコツコツとやれる我慢強さって日本人ならではで、

こう言う性格が最強国日本人の武器なのだろうな。と思ったってだけです。

PCを弄りながらでも日本人を持ち上げる思考回路だけは健在な大和撫子でした。




ところで、

息子の明日の授業参観の授業は『人権』です。

内容は『部落の人権』と書いてあったので、その授業中に絶対にぶち切れるだろうと思うので私は行きません。

子供にも寝てて良いからなと言ってあるんですけど。


それにしても義務教育と言う名の元。


社会から隔離された閉鎖空間の中で子供たちは何を学まされているのだろうか。


日常的にいじめという名の犯罪行為が行われる学び舎でどんな成長が期待できるのだろうか。


教育は国の要であり、

教育が崩壊すればその国の未来はないのです。


それなのに、虐めと言う犯罪行為からは目を逸らし『同和』と『人権』をセットにして繰り返す日本の教育は全くのインチキである。

なぜならば今の教育者は『人権』を振りかざして日の丸・君が代を拒否しているが、

これ等は一体何から興って来ているのか知っているのだろうか。

戦後、『軍国主義教師』が、批判をおそれて日教組に鞍替えした成れの果てではないか。

自らの戦争責任をごまかすために『日の丸・君が代』に責任転嫁しているただの腰抜けである。

旗や歌が戦争を起こすはずもないのに、

教員の責任をごまかすために『日の丸・君が代』は戦争のシンボルと言い出した。


こんな責任を放棄した集団が日教組である。

責任は取らないが権利は主張する。


こんな事ばかり教え込まれる子供達って本当に可哀相なんだけど。