http://yangkuma.blog81.fc2.com/blog-entry-762.htmlでは、ウィキで篠原尚之氏を検索すると。
人物 [編集]
山梨県出身。1975年に大蔵省入省。同期入省者に、勝栄二郎(事務次官)、加藤治彦(国税庁長官)、小手川大助(国際通貨基金理事)、細見真(日本銀行監事)などがいる。
渡辺博史の後任として財務官に就任。退官後国際通貨基金副専務理事。
ふ~ん!
今を時めく、野田首相の支配者である勝栄二郎事務次官と同期なんだ。
それで、財務省村での歴史に名を残す増税に「不退転の決意」で邁進している勝栄二郎事務次官を側面から応援しているんだ、篠原尚之氏は。
麗しい友情だ。
国民の多大なる税金を使ってIMFに日本は世界一の出資をしているのに、税金泥棒だぜ、財務省。
>消費税10%分の大胆な歳出削減が必要だという認識を示しました。
良し、事業仕分けの筆頭にIMFへの出資を上げましょう。
篠原尚之氏の財務省時代の業績は?
良い質問です。
日本の国益を大きく損ね、かつ財務省の省益になる「不作為の罪」を行った業績の持ち主です。
皆様、麻生政権で、財政金融大臣だった中川昭一氏(故人)「ローマG7」での朦朧会見を覚えてますか?
(会見時)中川財務金融大臣の左に座っていたのが、篠原尚之(しのはらなおゆき)財務官でした。
又、財務省国際局長だった玉木林太郎も同席しており、この官僚と「特別に親しい関係」にある読売新聞経済部の越前谷知子記者も取材と称してローマにいました。
フラフラ会見で中川氏が失脚した後、日本は米国債買い(年間で21兆円)を再開しました。
中川氏は2009年10月3日に死去しました。
例の朦朧会見で、中川さんの両どなりに座っていた男たちは、この功績で・・・
玉木林太郎→国際金融局長から財務官へ
篠原尚之→財務官からIMF専務副理事へ
西村幸祐氏の動画もどうぞ。
篠原尚之財務官のあの態度は何だったのか? 理由→重要
関心の有る皆様は、「篠原尚之 中川昭一」でググって下さい。
ここでは書けない、あんな事やこんな事も出て来ます。
財務省とマスコミの腐った関係が分かるので、是非、どうぞ。
増税ってなんぞや?
人の命をも粗末にしてまでもしたい事なのですか?
こんなのが支配している政府与党やマスコミの言うことは空耳だと聞き流してOKと言うことですね。
そしてどうぞググって下さい。