【日本版コラム】池田小事件から10年、事件被害者への取材に思うこと | ブー子のブログ

ブー子のブログ

損したらどうしよう、と思ったら、やめればいい。
それはやりたくないことだから。

損してもいい、と思ったら、やればいい。
それはやりたいことだから。


$ブー子のブログ 大阪教育大学附属池田小学校で包丁を持った男が教員や児童を殺傷した事件から、6月8日で10年が経つ。あの忌まわしい事件で殺害された子どもたちは小学校1年生と2年生の計8人。もし事件が起こっていなければ、犠牲者が高校生になっていたことを思うと、時の流れと事件の重みがあらためて強く感じられる。

 当時の私は、大阪で経済ニュースを主に取材していた。ただし、大阪支局に駐在する記者は私1人。しかも、殺人のような事件取材を経験したことはなかった。

 私が当時所属していたロイター通信は、よほど大きなニュースバリューでない限り、殺人事件をほとんど扱わないのが常だった。だが、治安がいいとされる日本で、小学校に侵入した男が大量殺人を起こしたのだ。あの事件だけは世界に伝えるべきニュースだという判断があったわけである。

 さて事件の当日、東京の同僚からの連絡を受け、私の取材は始まった。まずは定石通り、大阪府北部にある現場に駆けつけた。

 犯人はすでに警察に連行された後で、小学校の門の周辺にいるのはマスコミ関係者たち。そのうち児童が集団下校する時間となり、その中のひとりの男子児童に声をかけてみた。「何が起きたの?」これが私たちの質問の中心だった。低学年のその子はどうやら襲撃の現場には居合わせなかったらしい。しかし、教室のスピーカーから放送が流れ、机や椅子の大きな音がしたこと、何か異変が起きたために逃げるよう促されたことなどを話してくれた。

 児童の話を聞き漏らすまいと耳を傾け、話を聞き終えると即刻東京で待つ同僚に電話でコメントを伝えた。英文で世界中に伝えられる記事の中に盛り込んでもらうためである。また、同僚のカメラマンは夕刻にならないと大阪に到着しないと聞いた私は、集団下校中の児童たちの姿をカメラに収めることにも忙しかった。

 しかし、心の中で「こんな大変な思いをしたばかりの子どもに、事件について話させていいのだろうか。この子の心の傷はどうなるのだろう」という思いはぬぐえなかった。その気持ちは、犠牲者の通夜を取材した時にもよみがえった。報道関係者は通夜の会場に入れない。だから、参列者が会場から出てきたところをつかまえて、通夜の様子やいまの気持ちなどを尋ねるのだ。殺された子の同級生らしい子どもを連れた母親に声をかけると、ちらりとこちらを見て無言のまま立ち去った。私自身を「まるで汚いものを見るように」見られたのは、その時が初めての経験だった。その時も「そりゃそうだよなあ。私だったらこんな時に話しかけられたくないだろうから」というのが、その時の思いだった。

 以前にも当コラムで書いたが、取材中に銃撃されて亡くなったロイターの元同僚の通夜に参列した直後、私は取材を受けた。当初は避けるつもりだった取材を受けようと気持ちが変わったのは、池田小事件も含め似たような場面で私が取材してきたことを思い、きちんと取材を受けるべきだと考えたのだった。

 何かの事件がマスコミで大きく報じられるたび、被害者や遺族に対する取材のひどさが注目を集める。このいわゆる「メディアスクラム」の問題に関しては、何度も取り上げられ、マスコミ自身もさまざまな形で自制しようと試みてはいる。しかし、事件が起こるたびに、その問題がまだ完全に解決されてはいないと感じることが多い。

 被害者や遺族が、事件そのものによってだけでなく、取材によっても大きな傷を負うという意味で、メディアスクラムの罪は重い。しかし、だからと言って、彼らに対するすべての取材を行わないようにすればいいとは、私は考えていない。それは、事件の中心、もしくは最も近いところにいる人たちの話を直接聞かせてもらうからこそ、その事件の深刻さや本当の姿が多くの人たちに伝わる、そういう意義があると考えているからだ。「被害者や遺族を傷つけてまで知ろうとする権利など存在しない」と考える人々が多いことも十分に承知している。だが、問題は「取材をすることそのもの」ではなく、「取材の仕方」だと考えている。彼らに二重三重の被害を負わせないために十分な配慮をしつつ、最低限必要とされる話だけを聞く。そういったノウハウを記者に教育し徹底するということは欠かせない。いろいろな場面で協力しあうことも少なくないマスコミが、こんな時ばかり競い合わず、こういう時こそ協力しあえばいいのにとも思う。

 校門の前で取材に答えてくれたあの男の子はいま、おそらく高校生になっているはずだ。あの時、大勢の大人に囲まれて話を聞かれた時にどのように感じたのだろうか。そして、高校生となったいま、あの時を振り返って、どう思うのだろうか。あの時の無茶な取材を思い出すたび、反省の念をこめながら、彼が受けた傷が小さいもので済んだことを願わずにはいられない。

*****************

金井啓子(かない・けいこ)



マスコミという仕事にかまけた

言い訳。が書いてあったという記事。