[杉村 富生先生の株式コラム 12月7日号] | ブー子のブログ

ブー子のブログ

損したらどうしよう、と思ったら、やめればいい。
それはやりたくないことだから。

損してもいい、と思ったら、やればいい。
それはやりたいことだから。

[杉村 富生先生の株式コラム 12月7日号]


ペタしてね


1980年代の“黄金時代”の背景は?

 1980年代は「日本の“黄金時代”だった」と指摘すると、必ず「バブルじゃないか」と反論されます。しかし、この認識こそが間違っており、1990年のバブル崩壊後の「失われた20年」の主因である、と考えています。

 エズラ・ヴォーゲル氏がその著書『ジャパン・アズ・ナンバーワン』において、日本をほめたたえ、「アメリカは日本に学ばなければならない」と主張したのは1979年のことです。

 当時のアメリカは景気、株価ともに低迷、「ウォール街は死んだ」といわれていました。実際、1982年8月12日にはNYダウが776ドルの安値をつけています。

 一方、日本は「東洋の奇跡」と称される戦後の復興、高度成長を経て、「ハイテク・ニッポン」としての地位を築き、世界をせっけんしていました。さらに、1982~1987年の中曽根内閣は規制緩和のほか、3公社(現在のJR、日本たばこ、NTT)の民営化を断行、日本経済を飛躍させたのです。

 しかし、その後の政権は小泉政権を除き、理念も意志もありません。結果的に名目GDPは478兆円と、1992年の水準にとどまっています。17年間、ゼロ成長です。この間、中国の名目GDPは11倍、インドは8倍になっています。こんな国の株価が基本的に上昇する訳がありません。

 アメリカは1981年1月に就任したレーガン大統領が「偉大なアメリカの再構築」をスローガンに、数々の施策を実施します。ディレギュレーション(規制緩和)の推進、ディファクト・スタンダード(事実上の国際標準)の獲得、ベンチャー・ダイナミズムの波、インフォメーション・テクノロジー(通信技術)革命などに加え、税制改革、年金改革などを推し進めたのです。

 その結果というか、それ以降のクリントン政権などの政策対応に支援され、NYダウは2007年10月9日に1万4164ドルまで駆け上がったのです。実に、安値比18倍です。

 日本は? いまさら述べるまでもありません。いまの日本に欠けているのはこうした長期的な視点、戦略です。なにしろ、アメリカはいまも人口が年300万人のペースで増え続けています。

 古い話で恐縮ですが、徳川幕府の後半、江戸の人口はほとんど増えず、むしろ減り続けたといわれています。衛生状態が悪く、疫病などで死ぬ人が多かったそうです。それを補ったのが近隣、東北地方からの“逃散民”です。

 これに対し、西国の雄藩(薩摩、長州など)は人口が増えています。これはそれだけの人口を養う経済力があったことを示しており、倒幕運動のエネルギーになったとの見方ができます。

 まあ、日本は歴史上、類のないスピードで高齢化(65歳以上の人口比率は22.7%→早い段階に30%を超える、との予測のほか、人口減少時代を迎える)が進む見通しです。この事態にどう対応するか、これが重要な政治課題のはずですが、いまの政治家にそうした国家観を求めるのはないものねだりでしょう。

 結局、投資家としては短期的な株価の反発(鳩山政権、日銀の政策対応をとりあえず、評価するとともに、90円台の円安を好感)にまどわされることなく、経営力・ビジネスモデルに優れた銘柄、アジア需要を取り込める銘柄などにマトを絞るのが有効と判断します。
 
 具体的にはシスメックス(6869 東1 100株)、ミクシィ(2121 マザーズ 1株)、日本電産(6594 大1 100株)などがそうです。

 なお、外国人は12月7日現在、6日連続の買い越しです。彼らは日本株をケチョンケチョンにけなしつつ、「持たざるリスク」に脅えているようです。