連戦連勝で、今のお金に換算して49億円 | ブー子のブログ

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損したらどうしよう、と思ったら、やめればいい。
それはやりたくないことだから。

損してもいい、と思ったら、やればいい。
それはやりたいことだから。

西条八十さんという詩人がいます。


歌を忘れたカナリアは
裏のおせどに埋めましょうか。
イエイエそれはなりません
象牙の船に銀の櫂
月夜の海に浮かべたら
忘れた唄を思い出す


情景が浮かんでくるような、なんと美しい歌詞でしょう。
この唄が、どうやって誕生したかご存知でしょうか。真相を知ったなら、歌のイメージが変わってしまうかもしれません。
でも、ちょっとお話しましょう。
この歌は、
実は株投資にのめりこんだ末に生まれたものなのです。
驚かれるのも無理はありません。

西条八十は大正時代の初め頃に、株式相場にのめりこみました。おそらく才能があったのだろうと思いますが、
連戦連勝で、今のお金に換算して49億円まで貯めました。
この人の偉いところは、儲かったお金を自分のために使うということは考えなかったのです。
なんとしても50億円のお金を作り、詩人会館を作るという夢があったのです。

土地を買うためには、どうしても50億円作る必要があったので、最後の勝負にでます。全財産をある銘柄に投資しました。
ここからが、運命の悪戯というか、運氣の変わり目というか。
折悪しく大正9年の株価暴落に巻き込まれます。
全ての
株式が大暴落、西条八十はすってんてんになってしまう。

無一文になった西条をどうするかということで、親戚が集まり親族会議をもった。
妻の春子さんとの結婚生活をどうするかが話し合われます。

「春子や、あんな相場に狂っているようなやつはだめだ。別れなさい」
「詩も作らなくなって、相場ばかりやってようなやつは、もうだめだ」


親戚は口々にいう。
しかし、春子さんは親戚に涙ながらに訴えたのだとか。
「ちょっと待ってください。私がなんとかしますから」
親類縁者を必死に説得します。なかなかできた奥さんです。

春子さんのとりなしで、西条八十はようやく春子さんの下へ戻ってきます。
そこからが、天才詩人の本領発揮、堰を切ったように詩を作り始めたのです。
 実は、
「唄を忘れたカナリヤ」というのは西条八十自身だったのです。

「いえいえ、それはかわいそう」
という妻の春子さんの一言で救われたということを、唄に託しているわけです。

その後、西条八十は有名な「越後獅子の唄」「王将」などの名作を次々に世に送り出します。
例えば、王将の歌詞をみると、あれは坂田三吉ではなく実は妻を歌った歌だということがわかります。
「愚痴も言わずに女房の小春 作る笑顔がいじらしい」
って、そりゃそうでしょう。
女房の小春は、自分の妻、春子さんのことなのですから。

何年か前。東京フォーラムで、「西条八十物語」という舞台が上演されたことがあります。
この劇の最後に出演者全員で、王将を合唱します。王将は西条八十の夫婦愛の物語なのですから。

「歌を忘れたカナリア」の歌詞を、株式投資の重ねあわせて読むと余計に人生の奥深さを実感できるような気になるのは私だけではないと思います。

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