打ち捨てられた昭和の断片、川崎 駅前本町~小向町~鹿島田散歩 | 写真小話

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私が撮影しながら散歩した備忘録的な記録

2025.4.26

京急川崎駅の北側、京浜急行とJR線の間にあった自動車学校跡地で台湾フェスをやっているというので、まぁそこならば、横浜のフェスみたいに入場もやっと、みたいな激混みな事にはなっていないだろうと、山の神と行ってみることにしました。

 

本日はうすら曇り予報だけど、結構暗雲垂れこめてます。

JR川崎駅から京急川崎方面へ歩き、京急線とJR線と多摩川に囲まれたエリアに進みます。

そこのドン詰まりにあったのが、関東自動車学校だったけど、やめちゃったんですね…

で、その跡地をバスケやらスケボーやらをプレイできるようにした施設内で台湾グルメフェスをやっているみたい。

本当にやってました。

奥の水色の建物が旧関東自動車学校の校舎でした。

辺りはこんな感じです。

教習所コースがそのまま残っています。

坂道発進の坂なんかもそのままなので、スケボーの練習とかに使われてました。

ガランとしている訳じゃないけど、混んではいません。

台湾の屋台料理が一品大体1000円くらいで販売しています。

量のわりに、ちょっと高いな~という印象。

私は、台湾ラーメンと唐揚げと台湾ビールをいただきました。

味は普通でした。

 

フェス会場を出て、腹ごなしに散歩します。

教習所跡地から多摩川へ向かいます。

人けのない線路わきの道路…

ここを抜けて、国道を渡れば多摩川です。

ここに歴史的な遺構があったりします。

旧明治製糖の多摩川護岸だそうです、奥の落書きされている壁がそれに該当します。

手前のレンガ風階段の事ではありません。

反対から見た図、遺構に落書きするなよ…

まぁ落書きするヤツはそんなの知らんのだろうけど。

それどころか、ここら一帯の河川敷はかつてホームレスのお家が長屋みたいに建っておりました。

本当に長屋みたいでしたよ。

その人たちって、どこに行ったのでしょう。

そういう境遇の方は全く減っていないと思うのですが、ただ移動させられただけで…

でも、川崎ってかつて、パン券みたいな物を毎日配っていて、食料を配給していたのですが、そのサービスをやめちゃったからなのかな?

 

遺構からそのまま、上流へ進みます。

川崎駅ちかの多摩川の雰囲気。

こんな小さな壁にもご丁寧に落書きされてます。

河原の土手には花ダイコンが咲いています。

この辺りもそうだけど、川崎にはネタがたくさんあって、ここで書くとクドくなっちゃうから書かないけど、シャバダバした人たちがイイ感じにやらかしちゃっているんですよね。

 

多摩川をちょっと上流へ歩いたところにある、競馬の練習場の手前で多摩川から離れ、小向町に入ります。

ここの商店街跡地はかなり昭和の残骸が残っておりました。

昔、小さな商店が、こういう感じの建物内に5件ほど入ったマーケットみたいな物が各地域にあったけど、平成になるあたりで普通のスーパーにとって代わられていきました。

そして、その普通の街のスーパーもそのあと、大型商業施設にとって代わられちゃうんだけどね。

小向地域にはここの他にもう一軒こんな感じのマーケットの廃墟があったけど、今日いったら更地になってました。

まぁ、川崎はまだまだ人が増えていっているので、遊んでいる所があれば、マンションとかバンバン建っちゃいます。

昭和の残骸がちょいちょい残っていますが、全て現役じゃないので、ノスタルジー感よりも不気味さを感じます。

でも、小向町の昭和遺構もだいぶ減って、散見される程度になってます。

廃墟があったってしょうがないしね、誰かが利用してナンボでしょうから。

 

小向町から、鹿島田駅まで歩きます。

鹿島田界隈にもちょいちょい昭和的なものがあります。

たばこ屋さん、現役です。

このショーケースも現役ですよ。

靴屋さんも、しっかり営業中。

この焼き鳥屋さんは…

こういう、小さな飲み屋街も健在です。

この立ち飲み屋さんで、飲んだ事あります。

内容は忘れました。

「いつまでも夢中」…

飲み屋街の反対側からは、新川崎のタワマンがそびえております。

新旧入り乱れている所が、この街の面白いところ。

新川崎界隈は地上では昭和の残る街並みですが、タワマンの新興勢力は地上には降りずに、新しい駅によくある高いところにある通路を使って駅まで行けるようになっております。

新旧住民の高さによる棲み分けがなされております。

そして、我々は、タワマン側のどこに行ってもあるチェーン店でコーヒー飲んで帰りました。

新川崎に日が暮れます、遠くに見えるのは武蔵小杉のタワマン群です。

おしまい