保立さんの「現代語訳 老子」を少しずつ読んでいる。
※本の概略についてはこちらを参照
■第3部 王と平和と世直しと
第四課 帝国と連邦制の理想
いよいよ最後は「小国寡民」の話である。
老子の考える国家の基本的な在り方である。
取り上げられるのは原典80章である。
【現代語訳】
国は小さくて人は少ない方がよい。人に十倍・百倍する器(うつわ)の人がいても用いず、人は死を怖れ、遠くへ移ることなどはなく静かに生きる国である。船や車に多くの人が乗って動くことは少なくし、まして甲冑や武具を並べて陣をはるようなことはしない。そこでは、面倒な書類はいらない。縄を結んで数を数えていた昔でも、社会は成り立っていたのだ。住んでいる土地のものを甘(うま)いといい、土地の服を美しいといい、その住処に休らって、その慣わしを楽しむ。隣邦はすぐそばで、鶏は競って鳴き、犬は吠えて群れるのが聞こえるだろう。しかし、人は老成して死ぬまで、そんなに多くの人と行き来して群れなくてもよいのだ。
【書き下し文】
小国寡民(しょうこくかみん)。什佰人(じゅうひゃくにん)の器有るも用いざらしめ、民をして死を重んじて遠徙(えんし)せざらしむ。舟輿(しゅうよ)有りと雖(いえど)も、之に乗る所無く、甲兵有りと雖も、これを陳(つら)ぬる所無し。民をして復(ま)た縄を結びて之を用いしむ。其の食を甘(うま)しとし、その服を美(よ)しとし、その居に安んじ、その俗を楽しむ。隣国(りんごく)相い望み、雞犬の声相い聞こゆるも、民の老死に至るまで、相い往来せず。
※保立道久「現代語訳 老子」ちくま新書p432-433
長い章であるが全文を引用した。
保立さんはこの章を、文章は明瞭だが趣旨を理解するのは難しいと言っている。
その理由は、伝統的な読み方は「太古の生活をなつかしんだユートピア」であるが、「伝統的な中国の村落共同体」を描いた現実的な構想であるという見方もできるからで、保立さん自身は「「あるべき連邦制」という国家構想を支えるものとして、老子が積極的に小国主義の信条を述べたものであると理解したい。」(p437)としている。
この章で私が最も注目したのは、書き下し文「相い往来せず。」の「そんなに多くの人と行き来して群れなくてもよいのだ。」という訳である。
「相い往来せず。」ということのニュアンスを汲み取っている訳であると思う。
「多くの人と行き来して群れる」ことによって生じる事としては、社会的には交流による刺激や発展があるだろうし、分業やスケールメリットなどの効率化による発展と富の蓄積が挙げられるだろう。
とすると想定されるのは、その一方では行き過ぎた競争と奪い合いが起こるだろうということである。
既に老子は、行き過ぎたグローバリズムと分業の危険を警告していたのかもしれない。
個人のレベルでも、基本的には専門職しかなかった時代から、その後の時代に分業によって労働力が切り売りされる形態に移行することによって、我々が労働から得られるものも変質したことは既に指摘されている。
そして、「相い往来せず。」に込められた意味として私が最も強く思ったのは、一人で静かに瞑想する時間を持つことのできる生活を大切にせよということである。
現代社会のせわしなさと溢れる情報の中にある私には、小国寡民の真意はここにあるのではないかと感じられてならないのである。
さて、「老子」の最終章はこのあとの原典81章である。
これについては「第1部・第二課 「善」と「信」の哲学(その2)」で既に取り上げているが、最終章としての意味で再掲する。
【現代語訳】
信なる言葉は美しいものではない。美しい言葉に必ず信があるのではない。言葉の善は言い争うことにはない。言い争うのは善ではない。知の「善」は博(ひろ)いことではない。博いものは知ではない。目覚めた有道の士はものごとを後回しにしない。刻々と、すべて人々のために行動して、それでも愈(いよ)いよ充実し、すべてを人々にさしだして、さらに充実していく。天道はすべての物に利をあたえ、害することはない。同じように有道の士は全力で行動するが、争わないのだ。
【書き下し文】
信言は美ならず、美言は信ならず。善なる者は弁(あらそ)わず、弁うは善ならず。知る者は博(ひろ)からず、博きは知ならず。聖人は積まず。既(ことごと)く以て人の為にして、己は愈(いよ)いよあり、既く以て人に与えて己は愈いよ多し。天の道は利して害せず、聖人の道は為して争わず。
※保立道久「現代語訳 老子」ちくま新書p72-73
これを最終章としたところの意味を私はこう考える。
これまで述べてきたことも言葉であり、言葉の内容について議論するよりも「争わず実践せよ!」ということであると。
「争わず実践せよ!」
「争わず実践せよ!」
「争わず実践せよ!」
▼保立道久「現代語訳 老子」ちくま新書2018
【目次】
序 老子と『老子』について
第1部 「運・鈍・根」で生きる第一課 じょうぶな頭とかしこい体になるために
第二課 「善」と「信」の哲学
第三課 女と男が身体を知り、身体を守る
第四課 老年と人生の諦観
第2部 星空と神話と「士」の実践哲学第一課 宇宙の生成と「道」
第二課 女神と鬼神の神話、その行方
第三課 「士」の矜持と道と徳の哲学
第四課 「士」と民衆、その周辺
第3部 王と平和と世直しと第一課 王権を補佐する
第二課 「世直し」の思想
第三課 平和主義と「やむを得ざる」戦争
第四課 帝国と連邦制の理想