【急告】再放送
総合テレビ 9月23日(水) 午前0:30~ ※9月22日(火)深夜
9月20日(日)のNHKスペシャルは「藤井聡太二冠 新たな盤上の物語」だった。
藤井さんはこれまでも二回ほどNHKスペシャルで特集されている。
▼2017年7月8日放送のNHKスペシャル
▼NHKオンデマンド
史上最年少の14歳2か月でプロ棋士になり、公式戦29連勝で話題になった頃である。
当時は四段。(現在はタイトル二冠により八段に昇段)
▼2017年10月8日放送のNHKスペシャル
※NHKオンデマンドのバナーがあるが現在は視聴不可
こちらはその後の15歳になった藤井さんを追った密着ドキュメント。
そして三年後の二冠達成で今回の特集に至る。
今回は最初のタイトル戦である棋聖戦と二冠目の王位戦の内容がメインである。
最年少記録などの記録が懸かっていたので、一戦目から注目度は高かった。
個人的にウォッチする時は、日本将棋連盟の中継サイトを観ている。
▼日本将棋連盟の中継サイト:棋聖戦特集
このサイトには一時間ぐらい毎に更新される「中継ブログ」という記事がある。
将棋観戦には次の手までの時間が長いこともあり、中継番組だと大抵は棋士の解説が流れるが、この「中継ブログ」だと勝負の展開の要所要所で記事が更新されるので、内容だけをおっていくのには便利なのである。
▼日本将棋連盟の中継サイト:王位戦特集
二冠達成後はスポーツ誌「Number」でも特集され、一段と世間の注目を集めた。
藤井さんは史上最年少の14歳2か月で中学生プロ棋士となったが、谷川浩司九段によれば、そもそもそれまでに中学生でプロ棋士になったのは、加藤一二三、谷川浩司、羽生善治、渡辺明の四人しかいない。
番組中では棋聖戦で対局した渡辺さんの少年時代の映像や羽生さんのインタビューなどもあり、将棋番組としても充実した内容となっている。
さて、そろそろ番組の感想に移ろう。
■人柄について
番組は2010年に当時8歳で子ども将棋大会に出場した時の映像から始まり、二冠達成直後のインタビューで「あたらしい景色を見たい」と語る場面へ移る。
毎度ながら、よくできているオープニングである。
メディアで見る藤井さんの顔からはいつも非常に優しい印象を受ける。
しかし、番組の中ほどで負けて泣き続ける藤井少年の映像も流れる。
将棋を始めた頃に通っていた将棋教室の先生は「負けず嫌い」で「胸の中に熱いマグマを持っている」と言う。
私も藤井さんに心の内には熱いマグマが秘められていると思う。
■スランプについて
六月から始まる棋聖戦の一年くらい前から藤井さんはスランプに陥っていたという。
手筋を研究され高段者との対局も多くなり、それまでのスタイルでの限界に来ていたのかもしれない。
タイトル挑戦権が懸かった対局でミスをして敗れるということもあったが、無意識はこのままいっても本番のタイトル戦では勝てないとわかっていたのかもしれない。
そうだとすればこのスランプは藤井さんに遅かれ早かれ訪れる必然なものである。
スランプは本人にはしんどく感じられるが、もう一段階飛躍するには必要なプロセスだからである。
その後、コロナの影響で二ヵ月間対局がない時期があったが、この期間に自分の将棋を見つめ直しすことができたという。
対局がないという状況は藤井さんにはかえって良かったに違いない。
■強さの秘密について
藤井さんが注目されているのは、記録達成や勝率だけでなくプロ棋士を唸らせる独特の指し手にある。
番組では「常識破りの一手」と表現されていた。
そして何人ものプロ棋士がそれぞれの言い方で、それを可能にしているのはプロ棋士なら普通は瞬時に切り捨てるような凡手の先に新しい可能性を見出して、その手を活かしていく展開の読みの力であると評していた。
番組ではもちろん、この「常識破りの一手」の秘密についてインタビューで本人にも直接訊いている。
藤井さんは盤面をイメージして先を読むのではなく、「符号」と「感覚」を使っているという。
更に、こうした凡手の可能性をどうしたら拾い上げられるようになるかと訊かれるシーンがあるが、藤井は「自分の感覚というところを変えていく必要がある」というところまで答えたのみであった。
この点についての将棋的な解説は番組中で多数のプロ棋士が話しているので、ここでは思考法の観点からの感想を述べておくことにする。
以前のNHKスペシャルの特集の頃から、藤井さんの強さの秘密として挙げられるのが、幼くして将棋を始めた頃の将棋教室での詰将棋特訓とAI将棋ソフトの活用である。
この二つが相俟って、先を読む量とスピード以上の質的に独特の何かが行なわれているはずである。
恐らくそれはもう本人にも意識するのが難しいほど自動化されているプロセスなのに違いない。
将棋には攻めの要素と守りの要素の両方があるが、守りは攻めよりも評価基準が設定し難いために良し悪しの判断が難しいと思われる。
しかし指し手を考えるには、何らかの方針なり評価基準が必要である。
詰将棋の名人である藤井さんは盤を逆にして(つまり相手の視点に立って)、これが詰将棋だとしてどうしたら自分の方が詰まない(負けない)詰将棋の形になるかを考えているのではないだろうか。
この問題設定では判断基準は比較的明確である。
まず自分の指し手の候補を考える。
次に、その手を指した状態で相手の立場に立って自分で自分を詰ませることができるか考える。
もし詰ませることができるならその手はNGと判断され別の指し手の候補を考える。
これは相手にとって良い詰将棋になってしまっていると言うことができる。
だから恐らく藤井さんは直接自覚はできなけれども、意味的には相手からみて悪い詰将棋(つまり詰まない詰将棋)になる形を探索しているのではないかと私は考えている。
相手の立場からみて「悪い詰将棋の形」になるということは、自分が負けないということである。
攻めにも同じ思考法が適用されているのではないかと思われる。
どう攻めるかを、どうしたら自分から見て「悪い詰将棋の形」にならないかというやり方で考えているのではないだろうか。
悪い詰将棋の形にしないようにしていけば、いずれは自分からみて「良い詰将棋の形」(勝てる形)になる。
考え方の違いというのは微妙な差異である。
盤面を相手の立場から見ることはプロ棋士なら当たり前のことである。
だから違いは見方の微妙な差異である。
最終的には「悪い詰将棋」の考え方に基づいて攻めと守りのバランスで最適な手が決定されるのだろう。
棋聖戦第二局で敗れた渡辺さんはブログに「いつ不利になったのか分からないまま気が付いたら敗勢という将棋でした」と書いたそうである。
この考え方はまた、将棋の常識から考えられる指し手や意識される勝負の流れといったことに影響されないという点にも貢献しているだろう。
相手の立場からみて「悪い詰将棋の形」にさせ続ける一手はどんなに凡手でもいい手なのであり、自分の立場からみて「悪い詰将棋の形」にしない一手はどんなに凡手でもいい手なのである。
更に詰将棋は本質的にはパズルなので、全体的に見た時の飛車や角といった大駒の価値といったものに縛られる必要がない。
番組の最後で師匠の杉村八段は、藤井さんの二冠について「地道な努力の結果」だと言っている。
本当にそうだと思う。
詰将棋士がひたすら考え抜いた結果だ。
熱いマグマは今も煮えたぎっている!
■AIについて
最近の将棋の話で必ず出てくるのがAIの話題である。
将棋の世界でも、もはや人間はAIに勝てないのではないかと言われ始めているが、藤井さんの指し手にはAI解析が追い付かないこともあるほどである。
羽生善治(九段)は「藤井さんという棋士が現れて将棋界全体のレベルが底上げされた」と言っていた。
藤井さんも多くのプロ棋士が使っているという「水匠2」というソフトを使っている。
AIと人間の共進化が起こっているのかもしれない。
藤井さんは自分でPCの組み立てもしているようで、こんな記事があった。
対局の感想や将棋飯の話などもあり面白い内容だったので、興味のある方はこちらも参照されたい。