またNHKスペシャルの記事になってしまったが、本も紹介しているので良しとしておこう。
観直した第5回の感想である。 ※シリーズ「平成史」の紹介記事はこちら
「ノーベル賞会社員」というタイトルの通り、2002年にノーベル化学賞を受賞した田中耕一氏への取材が中心となっている。
田中さんは確かに話題になった。
番組中でも、博士号も修士号もない初めてのノーベル賞受賞者であり、研究者でもない民間企業の一技術者だったと紹介している。
この人のことを実に久しぶりに思い出した。
このシリーズで田中さんを取り上げたのは、その後の2018年に科学誌・ネイチャーに
「一滴の血液から認知症を早期発見できる」という論文が掲載されたからであろう。
ノーベル賞受賞の経緯を詳しく知らなかったのだが、番組を観ると、島津製作所に入社してタンパク質の分析法を開発していたところ、試薬に誤って混ぜてしまった物質によって「偶然」に上手い分析方法を発見してしまったのだということがわかった。
入社後2年目のことだったという。
田中さんはこの偶然に発見した分析法で、実際に研究業績を上げた著名な研究者と共に、ノーベル賞を受賞したのであった。
田中さんは受賞の知らせをきいて、ノーベル賞に値する研究を為したという実感がなく、茫然とし、戸惑い、そして苦悩の日々が始まったという。
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その後の田中さんは島津製作所に設けられた研究所で、自分の手による研究業績を上げようとして、血液1滴から病気の早期診断をする方法の開発を始める。
その間、16年である。番組ではいろいろな苦難が紹介される。
そして認知症の原因と考えられているアミロイドベータというタンパク質と一緒に、「偶然」に抽出された未知のタンパク質に注目することによって、ネイチャーに掲載された認知症の早期診断法の発見に至るのである。
番組中で田中さんはこの2度の偶然についてこう言っている。
「偶然も強い意志がもたらす必然である。」
そして、これまでの研究を振り返って、別の分野からの視点があったからこそ上げられた成果が幾つもあったと語った。
これは、専門家であることによって逆に見えなくなるものがあるということを戒めた、ビギナーズマインドに通じるものであろう。
2回の大きな偶然に出会うとは凄いと思ったが、裏ではしっかりと為すべきことがなされ、起こるべきことが起こっていたのであった。
時代背景として、平成後半における科学技術政策の移り変わりも折に触れて紹介される。
個人的オススメしたい回である。