【書評】『だれか来ている 小さな声の美術論』杉本秀太郎著 | SCL トレンドアイテム研究所

SCL トレンドアイテム研究所

話題の映画や話題の本、また時代やシーズンを先取りする注目キーワードや検索上昇キーワードから売れ筋のトレンドアイテムを研究してブログにリリースしています。キーワードから選択した売れ筋アイテムの激安・格安ショップを比較し最安値情報なども提供しています。

不思議な情景に「あわれ」

 いつの日か、おめにかかりたいと思う人は、そんなに多くないのである。その数少ないあこがれの人が、『だれか来ている』の著者でフランス文学者の杉本秀太郎さんだった。

 杉本さんのエッセーに最初に触れたのは、もう10年以上前のことになる。若いころに部屋の壁の小さな穴から隣の部屋をのぞいた。確かそのような内容だった気がする。実のところうろおぼえだった。夢でしか出合えない光景のようにもどかしい。のぞきなんて、いいことではない。それなのに、何故(なぜ)かそのときの目は澄んでいたように浮かんでくるのだった。今回『だれか来ている』という本のタイトルに出合ったとき、いかにも杉本さんらしいと思った。もののあわれが不思議な情景の中に漂っている気がした。

 その予感通りの本であった。今年80代になられた杉本さんは、2年前の夏に小さな生き物を飼っていた。ヒヨドリに掴まりそうになっていたゴマダラチョウであった。飛べなくなっているそのチョウを、杉本さんは庭で拾った。羽化してまもない美しいチョウだったという。杉本さんは、友人からもらったビン詰めの飲料「白樺(しらかば)の樹液百パーセント」を、チョウに与えた。樹液の付いた指先に止まり、チョウは淡黄色の細い口吻(こうふん)をするりと伸ばして吸い続けた…。まぎれもない夢の光景だと思う。そこだけが時間が止まってしまっている。

チョウの樹液を吸う音だけが、たまゆらのさやかな響きとして聞こえてくる心地がする。このチョウと杉本さんは、23日間共に暮らしていた。ついに息絶えて今は標本になって書棚にいるという最後に、思わずひやりとした。

 杉本さんは、ずっと京都に住んでいらっしゃる。関東で育った私には、いつまでも京都はミステリアスである。京都のひっそりとした裏通りにある小さな喫茶店で、この本を静かに読み続けたい。

 昭和20年の戦争末期に、杉本さんは中学2年だった。家屋強制疎開で次々と倒壊する民家の音のすさまじさが、杉本さんをたまゆらの音へ近付けたことがよくわかった。




【送料無料】だれか来ている

【送料無料】だれか来ている
価格:2,520円(税込、送料別)





だれか来ている―小さな声の美術論
杉本 秀太郎
青草書房
売り上げランキング: 415956