休息 | ブックエンドに挟まれて死ぬ

ブックエンドに挟まれて死ぬ

本を買う金が欲しい。

本を読む時間が欲しい。

何らかの都合で明日も休み。

でもバイトがある。昼からは動けない。動くなら朝からだろう。

こういう日も読書日和とでも言うのだろうか。動けない日のことを。


家は落ち着く。

落ち着くからそこが家として機能しているのだろうけれど、ゆったりとできる空間としてそこはとても従順に機能してくれているように思う。まあ自分の家ではなくて家族と一緒だが。


落ち着く空間を、と思って図書館を思いつくひとは多いと思う。

喋らずに本と向き合ったり、あるいは虚空を眺めて自分を見つけることもできよう。


ぼくがそこへ行こうと思うと、電車代が往復で四百円かかる。

たったひと駅なのだが、片道三分に二百円を費やすことになる。

車で行ってもいいだろうが、駐車場は二時間までしか無料にならず、それ以降は三十分ごとに百円がかかる。


なんとも非効率なのである。それに見合った効果――たとえばいい本に出逢うであるとか、いい発想ができるであるとか――が見込める予測が立たないのである。


他の場所も同様。なにか求めたものに対してのレスポンスが甘いのだ。


よって家にこもる。一番効率が良いと考えがつくから。

それが「家が一番落ち着く」理由なのかもしれない。