そのために自分に足りないことを補おうといろいろな研修に出たり、いろいろな人の話を聞きに行ったりしていた。
つまり、外からいろんなものを得てきて、それを自分にプラスしていく作業を一生懸命やってきたということだ。
そんな中でここ数年わかってきたことがある。
本当に大事なことは、プラスするのではなく、マイナスしていくこと。
つまり、自分の中にある余計なものをどんどん捨てていくということだ。
例えば、発達心理学の第一人者、ハーバード大学のロバート・キーガン教授の成人の発達理論、人は、エゴセントリックな自分から段階を踏んで他人を理解し、他人と協調する自分へ。そこから、他人と自分の相互発達的な行動を取る自分、そして、自分がなくなり世のため人のために生きる自分へと発達していくという。
マズローの5段階欲求説でも、生存欲求から始まり、だんだん満たされていくと、最後は自己実現欲求にたどり着くという。実は、この上に「コミュニティー発展欲求」というのがあり、それが最高時の欲求だとマズローは言っていたという説もある。
キャリア論というのはたいていこういうのになぞられて語られることが多いと思う。
だから、いろいろな知識や経験を身につけて成長していこうとなる。
僕もそう思っていたが、どうも最近違うような気がするんだ。
どう違うかというと、キーガンのいう最高時の状態も、マズローが言っていたというコミュニティー発展欲求の状態も「人はそもそも生まれつきそのような状態である。」ということ。
つまり、人はもとから自分の中にそのような素質を持っている。
持っているのに、何かがあってそれが発揮されるのを妨げていると考える方が自然な気がする。
だから、外から身につけてくるのではなくて、自分の中にある阻害要因をさがして、それを剥がしていく。
つまり、マイナスしていく。そういうことが重要なんだと思う。
こんな風に思うようになったのは、陽明学との出会いからだ。
中国、明の時代の儒学者だった王陽明が説いた陽明学では、良知(≒良心)というものは、人は誰かに習わなくても生まれつき持っている。しかし、それが発揮されないのは、なぜなのか?その発揮されない要因を自分の中に探して行きなさいと言っている。
この時、何が大事かというと、自分の中にも良知(≒良心)があったということを確認していくことだ。
つまり、自分の行動の中に良心がモトとなっているものを認識していく作業を日常の中でやっていくことだ。
これを繰り返すことによって、自分の中に良心があることが確信的になっていく。
同じように、キーガンの最高時の発達状態も、自分の中にそれが存在することを、行動の中から確認していくことが重要なのだと思う。
そうやって、生きていき、良心が発揮された時の自分に喜びを覚えるようになってくる。
そこに幸福を感じる。また、良心が発揮されなかった時の自分を見つめなおし、克服していく。
これを繰り返していくと、だんだん自分が信用できるようになってくる。
信用できるようになってくると人と比較したり、世間を気にしなくなってくる。
そうして、自分が自分らしく生きている実感を持てると、そこに幸福を感じ、優しさや愛に包まれる世界へと入っていける。
どうも宇宙はそうなっているんじゃないかなぁと思うのだ。
昨日までも、東京の企業の社員研修を担当させていただき、海や森を一緒に歩いた。
自然の中を歩いていると、こんなことを教えてくれているような気がする。