AETHERに来店されたお客さんとカウンター越しに話をしていた。

個人事業をしているとなかなか休みが取れないという。

その通りだと思う。

手が空いたら休もうと思っていると、手が休まる時がない。いつか、いつかと思っているとすぐに仕事が埋まってしまう。また、休むとお客さんが逃げて行ってしまうのではないかと不安にも苛まれる。

 

僕も一人で仕事をしていた時はそうだった。

なかなか休むことができなかった。

でも、ある時から思い切って、「ここからここまでは休む」と先に決めてしまった。1週間とか10日間とか休みを取ることにした。

 

こうすると何が起きるのか。

 

決まって、そんな時に限っていい仕事の話が来る。

 

とても条件のいい仕事。

 

正直なところ気持ちが揺れる。つい受けてしまいたくなる。でも、僕は自分で自分の心を何とかなだめながら、仕事を断ってきた。

すると、どうだろう。休暇中の出会った人から以前から自分がやってみたかった仕事を紹介してもらえたり、休みを取って充電できたおかげで、その後の困難な仕事にやる気十分で立ち向かえたりすることが多かった。

 

ある時ふと思った。

 

人って、スペースが空いたら空いた分そこに何かが入ってくるんだと。

 

だから、今あるものに執着することなく宇宙の流れに身を任せたら、何かが入ってくるんだ。

何が入ってくるかはわからない。

でも、入ってくると思うとそれをワクワク待っていられる。

このことに気がついてから、今持っているものを手放すことが少し怖くなくなった。本当は「全く怖くなくなった」と言いたいのだけれども、そこまで器が大きない。目の前にあるものに執着してしまう自分も残念ながら存在する。

 

でも、少しだけでも、そこに恐怖がなくなったおかげで、生き方がだいぶ変わった気がする。

思えば、社労士業務を手放して沖縄でカフェを始めたこともその典型だ。

収入も手放したし、都会の便利な生活も手放した。

でもその結果、歩いて30秒でビーチなんていう生活が入ってきた。

豊かな野菜やフルーツが簡単に手に入る生活が入ってきた。

カフェを通して、個性豊かな東京では知り合わないであろう人と知り合うことができた。

他にも挙げたらきりがない。

自分の人生がスパイラルアップ的によくなるものがたくさん入ってきた。これらは、全部、その時にあったものを手放せたからだと思う。

手放したら何かが入ってくるということを頭ではなく、心で信じられた結果だと思う。

 

でも、ひとつだけ大事なこともある気がするんだ。

それは、何でも手放せばいいということではない。

心の奥底に聞くと、すでに自分が知っている感覚がある。

その感覚を儒学的にいうと、「良知」というけれども、良知が手放してもいいよと言っているものを手放すということだ。

 

なんだか難しい話をしているかもしれないが、深く考えないでほしい。

人間って、「本当はこうしたほうがいい」と何となくわかっていることってないだろうか。

それが良知だ。

それに従うということ。単に自分がやりたくないことを手放すのとは違う。

また、ここで陥りやすいのが、「良知が手放したほうがいいと言っている」と、頭で考えて自分に言い聞かせるようにすることだ。

これは、良知ではない。

 

良知で感じる時とは、「こっちに行ったほうが有利とか、あっちにいったら損」とかそんな考えが一切生じてこない瞬間でもあると思っている。

その感覚に従って、手放せたら、何が入ってくるかはわからないが、手放す前よりいいものが入ってくる気がするのだ。

そのことを絶対的に信じて楽しめたら、手放すことが怖くなくなると思う。

というより、逆説的だが、良知で感じたものを手放す時は恐怖を感じないから、手放せるのかもしれない。

 

 

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