その竜が倒された時、"忘れられた巨人"が目覚める。霧が晴れた時、2人の心にあるのはーーー
◇忘れられた巨人◇ -The Buried Giant-
カズオ・イシグロ 土屋政雄 訳
アクセルとベアトリスの老夫婦は、遠い地で暮らす息子に会うため長年暮らした村を後にする。若い戦士、鬼に襲われた少年、老騎士…さまざまな人々に出会いながら雨が降る荒れ野を渡り、森を抜け、謎の霧に満ちた大地を旅するふたりを待つものとは―。失われた記憶や愛、戦いと復讐のこだまを静謐に描くブッカー賞作家の傑作。
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アーサー王亡き後のブリテン島。島には人々から記憶を奪う謎の霧が蔓延していた。その中をブリトン人の老夫婦アクセルとベアトリスは旅をしていた。遠くに住む息子に会うために。霧に記憶を奪われた2人には息子の居場所どころか自分たちのことも確かではない。それでも2人は進む。
道中2人が立ち寄る宿屋や村で様々な人に出会い、話を聞く中で霧の原因は雌竜クエリグのせいだと聞かされる。竜を退治する使命を果たす騎士ウィスタン、鬼に噛まれたらしい傷を持つ少年エドウィン、アーサー王の甥ガウェインとともに雌竜クエリグのところにたどり着いたアクセルは徐々に過去を思い出していく。それは埋められた"忘れられた巨人"を起こすことでもあった。
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「忘れられた巨人」です(・∀・) 約2ヶ月ぶりのイシグロ氏です。これで翻訳されたカズオ・イシグロ作品を読破しました。やったね! これからは首を長くして新刊を待ちたいと思います。
そんなわけで本書。舞台は20世紀ではなく、5、6世紀のアーサー王亡き後のブリテン島です。竜とか騎士とかファンタジックなものも登場しますが、これがめでたしめでたしで絶対に終わらないことはカズオ・イシグロ作品を読む方なら簡単に想像がつきます。
本書も例のごとく信用のできない語り手が登場します。老夫婦アクセルとベアトリスだって最初の方は普通のどこにでもいそうなブリトン人の老夫婦だなぁと思っていたのにまさかの過去。そして会いにいく息子も「これ、もしかして……」と思ったらやはり会いにいくってそういうことか! 最後もそれ、そういうことだよな? 別々の舟で行くということは「実は愛していなかったから」ではなく……
カズオ・イシグロ作品の主人公は皆、何かしらの目的や信念を持っていて、それを精神的支柱にしていますが、皆、それをいつの間にか失っていたり、それが俗的に汚されたことに気がつかず、最後に打ちひしがれます。記憶というのは確固としたものですが、時間というものが忘却させたり、美化させたりして真実とは程遠い姿にしてしまってそれから目を背けてしまっています。アクセルの場合も思い出したのは愛だけではない、苦い記憶でした。記憶を取り戻すというのは良いことだけでないのです。
また歴史的な出来事としてアーサー王時代はブリテン島の先住民ブリトン人と大陸からの移民サクソン人の闘いの時代でもありました。その殺戮の記憶は埋められ、忘れようと努められますが、クエリグが死んだことでまたその記憶が呼び起こされます。その時、人びとはまた争ってしまうのか……しかし同時に痛みという記憶を取り戻した人民は「もう争いたくない」、「例え隣人がブリトン人(またはサクソン人)でも彼らは良い人だ」という記憶もあり、もしかしたら別の未来が見えるかもしれない。
一つのことを思い出したことに打ちひしがれても、もう一つのことを思い出した彼らには明日があるのです。
「忘れられた巨人」でした(・∀・)/
次は〜……女ってみんなそんな存在だと思います(*^o^*)/