毎年12月13日から14日ごろを中心に、三大流星群の一つである「ふたご座流星群」の出現が活発になる。今年もすごかった。累計で30分ぐらい夜空を眺めたが、それだけでも10以上は観測することができた。そのうちの一つははっきりとした白い光の筋を放ち、夜空を切り裂いたかのようだった。久々に感動した。

長沢工 著 流星と流星群―流星とは何がどうして光るのか

ところで流星とは何がどうして光るのか。そんな興味をそそる疑問に答えたのが本書だ。その構成は、まず第一章で著者が流星の研究者になった経緯(プロローグ)、第二章で流星についての説明、第三章以降は流星群に関する内容となっている。

流れ星に興味がある方は本書の第2章「流星とはどんなものか」だけでも読むとよいだろう(たった30ページ)。この章を読むだけで夜空を眺めたいという思いが喚起される。

流星はけっして珍しい現象ではない。著者が言うには流星を見るということは「街を歩いていたら外国人に出会った 。」程度の珍しさらしい。

都市光が少なく、夜空が暗いところなら、晴れた夜であればどんな日でも流れ星を見ることができると著者は言う。夏から秋にかけての夜なら、せいぜい10分も待てば必ず流れ星の光が目に入ってくる。ただし都市光が多い都会では流れ星が見難いのは確かだ。高度成長により都市の空の暗さは急速に失われ、夜空と流星の輝きのコントラストが悪くなったことが都会で流れ星が見えにくくなった原因である。光を散乱する粒子をたくさん含んだ大気層に都市光が入り込み、散乱することで夜空が明るくなってしまうのだ。都会で流星を見たいのなら山に行くとよい。光を散乱する粒子を多く含んだ大気層より上に出るので、夜空に対する流星の輝きのコントラストが良くなる。天文台がしばしば山頂に建設されるのもそのためである。

著者は流星の専門家として、この本を執筆するまでに(1997年)数千の流れ星を見ているが、これは流星の専門家では恥ずかしいほど少ないらしい。19世紀から20世紀にかけて流星観測の指導的地位にあったイギリスのデニングは「流星観測者は生涯に10万個の流星を見る」と述べている。

流星にはさまざまな見え方がある。レアな見え方の一つとして、満月より明るく四方を照らしながら空を横切る雄大な流星もあるらしい。
「このような明るい流星が背後に出たときには、その光で映し出された自分の影が、たとえば右から左へと急速に大地を流れるのがわかる。あわてて振り向いても、流星の通った位置に、一筋の痕がかすかに光っているだけのことが多い。」と著者は自身の体験を語る。

このときに著者が見た「一筋の痕」は「流星痕」と呼ばれている。すぐに消えてしまう場合が多いが、数十秒から数分、さらには10分以上にわたって光続ける場合もあると言うのだから驚きだ。10分以上のものは特に「永続痕」と呼ばれている。それはしばらく夜空に煌めきながら残り、上空の風に吹かれてしだいに曲がりくねり、変形していく。ちなみに著者は15分経っても消えなかった永続痕を目撃したことがあるらしい。

もちろん流星の本質的なこと、つまり、何がその原因であり、そこでどのような物理的・化学的現象が起こって光が見えるのかもわかりやすく解説されている。
簡単に説明すれば、流星の元となる流星物質(ミリ単位)が宇宙から大気圏に突入し、それが大気中の粒子と衝突し、それぞれの原子にふくまれている電子が互いに衝突励起して発光しているようだ。

流星には個性があり、様々な見え方、光り方をする。著者はそれらについてありのままをわかりやすく記述してくれている。流星というものがいかに神秘的であるかがひしひしと伝わってくる文章だ。まさに理系の文章のお手本と言ってよい。事実を正確に伝える簡潔な文章はそれだけで私たちに感動を与えてくれる。その言葉には揺るぎのない事実に基づく科学の「不思議さ」が詰まっており、おのずと私たちの好奇心を刺激する。

本書は夜空を眺めるきっかけを与えてくれる良書だ。流れ星を見るのに運は必要ない。必要なのは好奇心だ。本書のおかげで日常に埋もれている輝きをまた一つ再発見することができた。