三十三間堂の仏像達⑤...婆藪仙人(ばすせんにん)〜仏教に帰依した最強の苦行者〜 | MarlboroTigerの【Reload the 明治維新】

三十三間堂の仏像達⑤...婆藪仙人(ばすせんにん)〜仏教に帰依した最強の苦行者〜

 

婆藪仙人(ばすせんにん)です。単に婆藪仙とも呼ばれます。

 

他にも【ばそせん】とか、【ばすうせん】とか、【ばそうせん】とも読まれます。仏教における護法善神で、千手観音の眷属である二十八部衆の一人に数えられます。

 

インド神話では伝説の聖者...【ヴェーダ聖典】を感得した賢者の一人と言う位置付けですね。漢訳された時に【仙】の字を与えられました。インド学では【聖賢】と訳されます。梵名はヴァスで、インド神話のヴァシシュタが仏教に取り入れられて定着した神様になります。

 

ヨーガの修行を積んだ苦行者の代表格で、神々をも屈服させる超絶的な能力【苦行力】を手に入れました。自然界の様々な事象を霊的に感得し、それを詩として吟ずる詩人でもあります。俗世を離れ、山林に住み、樹木の皮や質素な衣をまとい、ロン毛(笑)。一見すると、乞食の様な風貌をしておられます。

 

確かに...

 

 

インドには、今でもこんな行者さんがいらっしゃいますよね(笑)。ビジュアル的には、かなり婆藪仙人に近い...。そう...苦行の末、絶対的な力を手に入れた行者様の最終形態こそ...婆藪仙人と言っても過言ではありません。

 

 

聖賢はサンスクリット語では【リシ】と発音され、上の写真がそのイメージです。聖賢(リシ)には婆藪仙人を含め七人が存在し、それは北斗七星を表していると言います。北斗七星は、天台宗においては特別の存在です。以前【My仏教ライフ】のカテでもご紹介しましたね。(※詳細は最後にリンクを貼っておきます。)延暦寺根本中堂の御本尊、薬師如来を表す星座です。ですので、三十三間堂の二十八部衆像においては特別な存在であったろうと考えられるのです。

 

 

仏画ではこんな感じ。

 

普段は穏やかな好々爺なのですが...一方で非常にキレやすい神様で...一旦怒り始めると手が付けられない(笑)。喧嘩相手に『〇〇したら、死ぬからな...覚えとけよ!』と...条件付の死の宣告を行う事が出来ました...。もう、悪魔の実の能力者ですね(笑)...ビッグマムも真っ青です。

 

いや...北斗七星と言えば...『お前はもう...死んでいる...。』

 

北斗の男は、いつの時代も一味違います(笑)♪

 

 

婆藪仙人はリシの中では絵の様に火天に属する神様です。炎の眷属でもあるのです。ですので、怒らせるとヘソを曲げ...雨を降らせなくさせて人々を苦しめます(笑)。ちょっとタチの悪い、キレ爺いの一面も持っておられますので、ちょっと厄介な神様です。

 

 

ヘンコな爺さまを怒らせるとどうなるか...寛平師匠の演武は我々にその恐ろしさを教えてくれます...。

 

杖での打撃に加え...婆藪仙人は火も放つのだからどうにもなりません(笑)。

 

 

ツインピークスの伝説の殺人鬼...ボブを思い出してしまいます...。【 Fire, walk with me!】...ですな...。

 

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質素な装束で描かれる婆藪仙人ですが、その一方でヴァシシュタは【財宝に最も富む者】の意味を持っております。なんと...婆藪仙人は...隠れセレブだったと言う(笑)、凄まじいオチまでお持ちの神様なのです。そして一説によると、毘沙門天の奥さんである吉祥天女の兄だと言われております。毘沙門天の義理の兄...。こりゃエグいですね...。超弩級の金持ち一族。

 

ただ、婆藪仙人...このキレ易い性格が災いし、前世で殺生の罪を繰り返してしまいました。そして一度は地獄に堕とされたのです。生きながら地獄行き...よっぽど悪い事をしたんでしょうね。

 

ですが、改心します。そして華聚菩薩の力によって救出され、お釈迦様の元に連れて行かれた...。

 

『お釈迦さま...もう悪い事は致しませぬ。これからは我が知恵と法力を、衆生を救済する為に使いまする...。』

 

...そう誓って、仏教の中に取り入れられたのです。

 

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改めてご紹介しましょう。

 

三十三間堂の国宝...

 

婆藪仙人立像です。二十八部衆像の中でも異彩を放つ...我が国仏像史上、写実彫刻の極致と称される慶派仏像の最高傑作の一つです。イタリア・ルネサンスのドナテルロに比肩される凄まじいリアリティー...鎌倉初期に生み出されたとは思えぬ、圧倒的な造形です。

 

 

深く彫り込まれたシワ...落ち窪んだ眼窩...何かを伝えようとしているのか、小さく開かれた唇...。悲しんでいるような...喜んでいるような...憂いているような...この何とも言えない物憂げな表情...。800年前に、これだけの技法が生み出されていた事に驚かされます。一つのアート作品として見ても、これは本当に心が揺さぶられる大作です。

 

 

頭に被った頭巾は、別材で彫り込まれた別パーツ。頭にジャストフィットさせた上で、この衣の表現...。凄過ぎます。流れるようなシワと、衣の軽やかさ...そして絶妙の比率でデザインされたトータルバランス...。超絶的にクールです。経巻を手にしているのは、地獄に落ちた罪人達をお釈迦様の下へ導こうとしているポーズ。水晶の目【玉眼】がはめ込まれているため、その老いた目のぼやけ具合がまた絶妙!

 

 

像高は156cm。檜の寄木造りで再現されているとは、にわかに信じられません。浮き出た肋骨、皮膚に浮かぶ血管の隆起に至るまで...想像を絶する技術で作られた事が窺われます。

 

かつては最前列中央左に配置されておりましたからね...じっくりと至近距離で見る事が出来ました。もう、外国人観光客の皆さんが、口をあんぐり開けて見ておられました。懐かしい(笑)。

 

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かつては...と、書きましたが...実はこの像、いまはフォーメーションが変わり移動されてしまいました。

 

ん?

 

どこへ行ったかって(笑)?

 

なんと...

 

御本尊である中尊の千手観音の脇侍!!!(パチパチパチパチ!!)

 

 

お足下の直ぐ右(中尊から見て左手)に立っておられるでしょ(笑)?

 

脇役転じて...センターですよ、センター!!!とんでもないランクアップです!!!

 

2018年に行われた【国宝大移動】によって、ご本尊の2トップに抜擢されたのです。

 

(ジジイ...やったやないかっ!!)

 

ファンならずとも、唸りましたね。これを決断した関係各位の英断にも拍手です。

 

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理由があります。

 

 

千体観音像の中から、配置図と思しき二十八部衆の摺仏(すりぼとけ)が発見されたからです。1973年から40年かかって修復された千体観音...その一体の中から、修復中に発見されました。

 

明治時代に撮影された古写真では、もう中尊のど真ん前に雷神が配置されていたりして...グチャグチャ(笑)。どの時代からか...正確な並べ方が分からなくなってしまったのだろうと言われております。そこで学術的にメスを入れ...恐らくはこうであっただろうと...再考証されたのが現在の配置なのです。

 

 

敦煌に残る千手観音の壁画です。古代、千手観音を描く際には向かって右に婆藪仙人、向かって左に大弁功徳天(吉祥天女)を脇侍として配置するのが慣わしでした。

 

 

この死相の漂う老人と、瑞々しい乙女の対比...何か現代人には解らぬ、重要なメッセージが込めらられていたのだと思います。本来は、こうだったのです。

 

 

その配置に...三十三間堂も直されました。私も...こうだったんじゃないかなと、思います。

 

ちょっと残念なのは...後ろに下がってしまわれたので、もうじっくり舐める様に見る事が出来ない点ですかね(笑)。でも、ご本人は喜んでおられると思います。これで中尊を守護する最強パワーを発動出来る訳ですから...。以前の四天王の位置は、こうして婆藪仙人、吉祥天女、帝釈天、梵天に取って変わられました。婆藪仙人の後方に配置されているのは、梵天様になります。

 

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湛慶率いる慶派一派が残した最高傑作、二十八部衆像...。

 

何度見ても畏敬の念を抱かざるを得ません。

 

 

改めてその価値が見直された婆藪仙人像...。

 

私もリスペクトを込めて...

 

 

我が家の手作り霊場【刀神山 千手堂】の配置も...実は三十三間堂に倣って、位置を変えたのですよ(笑)。

 

 

千手様の左手前方に、婆藪仙人(笑)!!

 

ここから仏敵に強烈な炎を吐きつけておられます...。

 

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今日は三十三間堂の長老...婆藪仙人立像についてご紹介致しました。

 

南無観世音菩薩🙏

 

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