献食菜集 -141ページ目

外出

壁画工房の仕事が忙しくて、外出といえば工房へでかけるのみ。出張で地方にも行ったが現場と宿の往復で何かしら多忙感ばかり。いつなくなるやらわからない農繁期なので喜ばしいことでもあり文句は何一つとしてない。
ただ混色採集のほうでなにやら胎動を感じるのだがなんとも形にできないでいて、工房の仕事が終わって自分の仕事場にいるのにただどうしたらいいのかわからないでいる。
作るのだがなんだか気に入らない。
ただ絵を組み合わせているときに入ってきた朝日と影が私の作品の上におち、大変美しかった。それを写真撮影してアップしたがこれは良かったかもしれない。
自分の作品がモデルのようなものでその撮影したものが作品という、そういった感じか。
すぐにいろんなものにとらわれたり、こだわりそうになったり。
いろんなものから自由になりたいのに、ったくこまりもんです。

昨日は知り合いの作家が早稲田のスコットホールで音楽とのコラボレーション作品を発表するので10ヶ月ぶりに、そういう意味での純粋なお出かけとなった。
一生懸命に取り組んでいる人に会うのはとても刺激になる。
自宅にいても微動だにしなかったものが少し回り出した。
ひとのもつエネルギーはすごい。

ようおいで

私の母方の祖母は明治生まれの京都の女性でしかも芸妓だったのでおそらく日常会話も京都弁だったはず。
祖母の家を訪ねると、彼女はいつも薄暗い玄関の上がったところ、階段のすぐ横の定位置で煙管でタバコをすっていて私を見ると「ようおいで」といった。いつも明治製菓の板チョコと栄太郎飴の赤い缶が灰皿の横にあって、わたしはそれをよくせがんだ。すると祖母は大事そうに銀紙ごとチョコを小さく割って私にくれた。それから毎回「舌切り雀」か「桃太郎」の話を聞きながら私も大事にそれを食べた。





忘れていた

2006年にはじめていたこのブログ。長男が中学生になるのを機会に八王子市へ引越ししたときにはじめた。それはちょうど私の仕事が激減してさらに「梨状筋症候群」とやらになり。 妻が働き、私が家事を受け持つことになっていたとき。長男と妻の弁当を作ることになったが、どうせ作るならその内容をブログにでもするか、というはじまりだった。

その長男は今年二十歳。たった7年しかたってないのに子供は成長が早いので、ずいぶんな時間が経過したような気がする。私は額部分の髪がとても薄くなってしまった。
自分の周囲の人たちもずいぶん変化している。

「一皮むけたひと」がいれば「一皮とけて固まったひと」もいる。
前者は他人事でもなんだかうれしいが、後者には驚いた。
「一皮とけてかたまった」ってどういうことだよ?って、説明するの大変だからここで終わり。

私にとっては一瞬の七年。
5月5日で52歳になった。

墓穴を掘りなおす





江戸時代に掘られた墓穴




すえられた甕棺




 




この墓地は明治時代に売られらそうで




中のお骨や副葬品は回収され 甕は割りいれられ




土で満たされて 宅地として利用されたということ




 




時どき 骨の破片 




回収しそこなった副葬品




どんどん掘っていくと やがて 甕の底部に




たどり着いてしまった





誰にもで出会わないまま




 









カンタン タンス

しずかな 神無月の 夜


「ちり ちり ちり」  

「ちり ちり ちり」 


美しい鈴 音 


「ちり ちり ちり」  

「ちり ちり ちり」 


洋服ダンス の暗闇のスキマから きこえている


君はなぜそんなところに いるのか

洗濯物にくっついてきてしまったのか


美しい鈴音を 鬱蒼とした 衣類の森の奥で

たった一虫で 奏でても  聞いているのは 私だけ


君の世界は そこでは ないだろう

扉を開いておくから 私が寝ているすきに でていって

元の 柿ノ木に もどれよ


一虫の 鈴音 は音色 と音質 が 

両方聞こえる


虫生を 謳歌せよ