『ヒトミ』

子供たちよ
家へ帰れ
家へ帰り 母に
今日 散々いじめたヒトミのことを
面白おかしく
隅から隅まで話すがいい

今日のごはんは出来合いの弁当だという
家もあれば
今日のごはんはハンバーグよという
家もあるだろう
それぞれ
それぞれを適度に愛し
また 次の朝
目覚め
洗面所で顔を洗い
鳥のさえずりを聞きながら
うつくしい朝が来たものだと
身ぶるいするだろう
そして また
悪の巣食う 学校へおもむき
鉄の仮面をかぶり
昨日や おとついや もっともっと前と
変わらない義務をつとめる
ヒトミをいじめ いじめ いじめつくす
思い浮かぶ限りの
下衆な言葉を投げかけ
ヒトミの机のまわりで踊ってみせる
傍観者は おのおのの机に張りつき
ある傍観者は
友達と手遊びをし
一秒はいつもと変わらぬ一秒として
廻ってゆく
廻ってゆくはずだった

そのとき、見た
ヒトミの手に 鈍く光る
ヒトミの仮面を

ヒトミは天井へ
天井も突き抜ける程 高く
鈍く光る仮面を持ち上げ
勢いよく
ふりおろす

それは仮面ではない
よく見よ
それは一本の ハサミだった
ヒトミは奇声を上げ
ぶっ刺してころすために走り回る

そのとき、見たのだ
皆の仮面が
次々と剥がれ
ガラン ガランと床を転げるところを

そこにいるのは もはや
鉄の仮面をかぶり
悪の巣食う 学校に
支配される者ではなかった
逃げまどい
命ごいする
ひとりの 人間だった

そのとき、見たのだ
ヒトミが手にする ハサミに
込められた
怨念を

ヒトミの奇声は
教室に轟き
廊下を渡り
職員室を駆け抜け
家で水仕事をする母親たちの
丸く肥えた腰も追い越し
自由を呼ぶ
どこかに隠されていた自由を呼ぶ
それは 革命だった
ヒトミのふりおろした ハサミは
間違いなく 革命だった


子供たちよ
家へ帰れ
家へ
血なまぐさい においを持ち帰り
母に話すがいい
もう 自由なのだと 
永遠に

ただ
二度と
もう二度と 「ヒトミ」と 
口にするな