『勇者』

眠気を我慢しながら
椅子に座り続ける
もう十七時だというから
そろそろ外の様子を確かめようか

そういえば
一匹のカメムシが
玄関の前
居座っていたんだけど
昨日
気付いたらいなくなっていた
激しい雨に
流されていった
きっと木の葉の船に乗り込んで
泥水の濁流を越え
干からびた地上へと

水を欲しがる
一滴の水を欲しがる地上へと
のどがひどく渇いて
皮ふがひび割れていく
黄緑色のよろいをかぶり
勇者は帰還する

一滴の水を与え
彼は自分が死すことを
愛している人に伝える
黄緑色のよろいを
炎に預け
愛している人から
返ってきた言葉を
胸に 
人々にうとまれながら
その身をさらけだす 

人々はその姿を目に留めることなく
よろいもろとも忘れ去る

愛されていた人は
また子を作り生む
勇者のさいごの姿を時折
思い出して
悲しみにくれる
その悲しみは
浅瀬程のもので
悲しみと呼べるものかわからない
その悲しみは低い丘程のもので
容易に登りきって見晴らす
数えきれない世界が広がっている
この宇宙の中の
地球の中の
小さな街で起きた出来事に
心をどこまで預けるのか