スローウォーキング23「住宅街に1軒のカフェができただけで、素敵な町になった」 | メトロガイド「いい店見つけた」椎名勲の凡夫荘便り

「カフェ・ド・ミュー」は、

2023年に文京区千石の静かな住宅街の真ん中の・長い一本道の中程に、

若い夫婦がオープンさせた。

それまでは、その一本道には、僅かに美容院と布団屋などが、ポツリポツリとあるだけ、

住民が住み、

母親が幼子を幼稚園に送り迎えし、

サラリーマンOLが仕事の往き帰りに足早に通り、

散歩する人たちがゆっくりと歩き、

一本道の裏の方から、東洋女子学園の始終業ベルが響いてくる。

近くに住む私も、散歩の際に通るだけの、静かな住宅街だった。


カフェ・ド・ミューがオープンするまで、巣鴨や千石近辺のカフェは、5分ほど歩いて表通りの「白山通り」に出なければ、見られなかった。


今は。

どう見ても、地域の住人らしい、

老人たちや、

ふだん着のご婦人方、

周辺に勤めていると思しき方々、

或いは、友だちと連れ立った女性たち、

時に、車椅子の方が、

「カフェ・ド・ミュー」で、

おしゃべりや、ケーキや、コーヒーを、静かに楽しんでいる。

しゃべり声は、外には漏れてこないから、静かな住宅街は、あいかわらず静かである。


このカフェの、静かな、穏やかな、やさしい雰囲気。

カフェの若いママとマスターは、進んでお客に話しかけることもなく、

寡黙に、布ドリップでコーヒーを淹れ、ランチを作り、

コーヒーカップやお皿を運び、片づけるだけである。

・・・あえて時計を置かないカフェでは、「時」も、寡黙に過ぎて行く。


「カフェ・ド・ミュー」のお店のまわりは、いつも、やわらかな光とやさしさが溢れ、

お店の前を通る人の顔を微笑みに変え、気持ちを和らげ、

この街を「素敵な町」に変えてくれたのだ。


私は、「カフェ・ド・ミュー」のドアを開け、カウンター席の一番奥に、一人座る。

私「今日は、私一人です。ランチセット1つ。ランチはエビピラフ、食後にコーヒーを」

ママ「ハイ。あら、奥様は?」

私「このカフェのランチが美味しい、と言ったら、最近は、昼飯の用意をせず、『ランチは、ミューで食べてネ』と言って、友だちと出かけてしまうんだ」

ママ「まあ、申し訳ありません!」

私「いいんだ。ジイサン、バアサンの二人暮らしだと、どうしても、年がら年中、1日3食とも、二人で食べるから、たまには、こうして、別々に食べる方が、ホントの幸せの在り方サ」



私は、ランチを食べ、

食後のコーヒーを、静かに味わい、

終わると、長居せず、

勘定を払って外に出た。

(フランス・リモージュ製のカップ&ソーサー)


陽射しが良かった。

(どうせ、ワイフは友だちとおしゃべりが楽しくて、すぐには帰ってこないだろう)

私は、近所を少し散歩してから、西六奇庵に戻り、

アンジェラ・ヒューイットのピアノで、スカルラッティ「ソナタ集」のCDを聴いた。


そうして、(人生は、捨てたもんじゃない)と思うんだ。


・・・たった1軒のカフェが、どこにでもある住宅街を、素敵な場所に変えてしまった。

この町に住む幸せ、心地よい空気、人生の豊かさを感じられる場所。

明日に

希望を

持てる

そう思える町になった。


私どもを生かして下さるなにものかに、心から感謝します。

(アンジェラ・ヒューイット)