最近、あるジャニーズグループのメンバーによる女子高校生に対する強制わいせつ事件が
やたらとニュースで取り上げられていましたね。
(他にもっと重大なニュースがわんさかあるのにメディアは彼を袋叩き…)
それが時間が経つにつれ、だんだんと事件そのものよりも
その人の酒癖の悪さ、あるいはアルコール依存の話に移行してきました。
お酒は怖いですね。
というか、店で普通に売ってるし、成人していればいくらでも購入して飲めてしまう。
それなのに、いったんはまると麻薬依存と同じように身を持ち崩してしまう怖さ。
気が付けば、体はボロボロ、財布はスッカラカン、
家族にも友人にも見放され、自分の傍には空の酒瓶だけがごろごろ。
このジャニーズタレントのアルコール依存に関する連日のニュースで、
私の子ども時代のある出来事の記憶が呼び覚まされました。
中学生の頃の、お酒にまつわる恐怖体験(?)です。
ある休日の昼間、まだ中学生だった私は、家族が全員出かけていたので
ひとり留守番をしていました。
するとそこへ、ふらふらと見知らぬおっさんがやって来て、
(ものすごく酒臭い!!)
誰か家の人はいないかと尋ねられた(ように記憶しています)ので、
誰もいないと答えました。
そうしたら、帰ってくれると思いきや、いきなり家に上がって来て、
「酒はあるか?」と聞くのです。
なんでもいいから酒をもってこい、と。
大人になった今なら、また別の対応ができたでしょうが、
なにしろその時はまだ子どもです。
酔っぱらった人を身近で見るのも初めてで、
一人どうすればよいのかわからず、
もし怒らせたら何をされるかわからないという恐怖感から、
とりあえず台所にあった日本酒の一升瓶とコップを用意しました。
おっさんは酒を飲みながら、自分のことを話し始めました。
いや、自分というよりは家族のこと、とくに娘さんのことでした。
自分はこんな飲んだくれでどうしようもないけど、
娘はいい子で、行きたかった高校に受かった、
嬉しくて泣いた、などろれつの回らない話し方で延々としゃべっていました。
その後、途中で家族が帰ってきたのか、それともおっさんが自分で帰ったのか
記憶があいまいなのですが、
私はめちゃくちゃ怖い思いをしたものの、危害を加えられることはありませんでした。
後で聞いた話では、そのおっさんは遠い親戚だったということでしたが、
私は初対面で、しかも家に自分しかいなかったこともあり、
ちょっとトラウマになってしまいました…
でも今思い返すと、おっさんは酔っぱらって、厚かましくはあったけれども
不思議と邪気や悪意のようなものは全く感じなかったのでした。
そして、だらしなく酒をあおりながらも、
誰かや何かを罵倒することもなく、
時折涙ぐみながら家族への愛だけを口にしていたのでした。
(それから年月が経ち、おっさんは矯正施設に入所したと聞きました)
酒に溺れる人は、周囲の人間から見たら恐怖あるいは軽蔑の気持ちしか湧かないでしょう。
実際、私もめっちゃ怖かったです。
でも、悪人ではないんです、きっと。
ただ、アルコールの誘惑に勝てない弱さを抱え、
そんな自分を自分でも蔑みながら
寂しさやつらさや不安を酒で麻痺させているのでしょう。
人はしばしば器にたとえられます。
この人は器が大きいとか小さいとか。
私たちは自分という器に、生まれた時からさまざまなものを入れられて成長していきます。
ある人は親からあふれんばかりの愛情や思いやりを、
またある人は厳しいながらも将来に役立つ教育や知識を、
また別の人は虐待や蔑みの言葉、無視などを…
そして、善いものを沢山入れてもらった人は、自分が幸せであるばかりでなく、
周囲の人たちとその幸せを分かち合えるようになるでしょう。
でも、自分の中につらい過去や不安や恐怖しかない人は?
その辛さを紛らわせるために、
酒やドラッグ、衝動的な買い物やギャンブルなどに溺れてしまうのかもしれません。
だからと言って、アルコール依存の人を許して、全面的に理解しろと言われても、
それは難しいというか、無理があります。
近くにいる家族はとくに。
離婚や家庭崩壊につながったとしても、もっと我慢すればなどと周囲が言えるはずもありません。
ただ、酒に溺れていても、ロクデナシにしか見えなかったとしても、
いつも酒で一杯のその人の底には家族への愛がいつも沈んでいるのかもしれないのです。
アルコール依存の人に
お酒をきっぱりやめろ!などと偉そうに言うつもりはありません。
せめて悲しい酒、つらい酒でなく、
おいしい楽しいお酒が飲めるようになろうよ?と言いたいです。
私はその人をすべて愛で満たすことはできないけど、
コップ一杯のお酒の代わりに、コップ一杯分ぐらいの愛情を注ぎたいです。