ヒトラーに対してキリスト教徒はどのような態度をとるべきか?


この問題は、

世俗的な権威に対してキリスト教徒はどのような態度をとるべきか?

というより一般的な問いと関連しています。


この問題を考えるときに、

考慮されなければならないものの一つが、

新約聖書の中のあるパッセージです。


使徒パウロがローマの教会に向けて書いたと考えられている手紙(書簡)が新約聖書に収録されています。

それが「ローマの信徒への手紙」なのですが、

この書簡の第13章には「支配者への従順」が説かれています。



「人は皆、上に立つ権威に従うべきです。

神に由来しない権威はなく、

今ある権威はすべて神によって立てられたものだからです。

従って、権威に逆らう者は、

神の定めに背くことになり、

背く者は自分の身に裁きを招くでしょう」

(新共同訳)



ボンヘッファーはルター派でしたが、

マルティン・ルターも、宗教は政治の問題とは切り離されるべきだと考えていたことは、

中学・高校の世界史の授業などでも教えているとおりです。









ボンヘッファーが15歳だったときの成績表というのがあるそうです。

参考までに一部を掲載しておきます。


美術史    優

歴史     良

ドイツ語   優

ヘブライ語 優

ラテン語   優

数学     良

宗教     秀

唱歌     優

体育     秀


(秀>優>良)


ということで、

後に神学研究で見せた天才ぶりの割りには物足りない成績だったことがわかります。


さらに付け加えておくと、


欠席  214時間


というのも意外です。

型破りな一面も持ち合わせていたようです。




夏バテなどのせいで、ずいぶん間が空いてしまいましてすみません。


今回は、このブログのタイトルにある


「同時代人」


というのが何のことか、について書いていきたいと思います。


これは、E・ベートゲが『ボンヘッファー伝』で用いた

「神学者・キリスト者・同時代人」

というフレーズから採ったものです。


つまり、

最初神学者としてスタートしたボンヘッファーは、

キリスト者となり、そして最後には同時代人として生きたのだ、

とベートゲは説明しているわけです。


これは、言い換えるなら、

キリスト者(クリスチャン)として生きる、

ということに対して自覚を深めたボンヘッファーは、

最終的には制度としてのキリスト教会から抜け出して、

当時の混迷をきわめたドイツ社会の中に身を投じていくこととなった、

ということになるでしょう。


ボンヘッファーの弟子であり親友であったベートゲについては、

いずれ取り上げたいと思います。



Life Together の Introduction から、ボンヘッファーの人柄がわかる部分を抜き出しておきます。

これは、ある英国人が報告したものです。


今回は英語でそのまま引用しておきます。


次回以降、訳と解説を載せたいと思います。


Bonhoeffer always seemed to me to spread an atmosphere of happiness and joy over the least incident and profound gratitude for the mere fact that he was alive ....


He was one of the very few persons I have ever met for whom God was real and always near ....


On Sunday, April 8, 1945, Pastor Bonhoeffer conducted a little service of worship and spoke to us in a way that went to the heart of all of us.


He found just the right words to express the spirit of our imprisonment, the throughts and the resolutions it had brought us.


He had hardly ended his last prayer when the door opened and two civilians entered.


They said, "Prisoner Bonhoeffer, come with us."


That had only one meaning for all prisoners - the gallows.


We said good-by to him.


He took me aside: "This is the end, but for me it is the beginning of life."


The next day he was hanged in Flossenburg.





Life Together から Introduction の内容をさらに見ていきましょう。

前回の記事を補う内容もかなり含まれています。


若干、事実関係について不正確と思われるところがあったので、勝手に修正しました!(笑)


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ボンヘッファーは8人兄弟の6番目の子供として現在は東ドイツ(当時)のブレスラウに生まれた。


しかしながら、著名な医師であった父がドイツで最初の心理学の教授職を占めたベルリンで彼は成長した。


ボンヘッファーが最後の獄中からの手紙に書いたように、

彼の著作すべてを特徴づけるもの、

つまり一貫したリアリズム、「言辞的なものに背を向け現実的なものに向かうこと」

を彼は彼の父から学んだ。


彼にとってはキリスト教は

生から切り離された単に知的な理論、教義、あるいは神秘的な感情では決してありえなかった。

それは、

責任を伴い、(キリストに)服従する行為、

個人的にも公的にも具体的な日常生活のあらゆる状況においてキリストの弟子であること(the discipleship)

でなければならなかった。


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the phraseological

を上では「言辞的なもの」と訳してみました。



パウル・ティリッヒ

ユニオン神学大学でボンヘッファーの指導教官であったラインホルド・ニーバー

他にはキング牧師などは父親も牧師でした。

そのような例は決して珍しいものではありません。

しかし、ボンヘッファーの場合はそうではありませんでした。


彼の父の専門分野は精神医学であり、

彼の兄弟たちもいわゆる世俗的な職業を選んだ、

ということに注意する必要があるでしょう。


つまり、ボンヘッファーは非宗教的な雰囲気の家庭に育ったのです。


そして、ボンヘッファーは、世俗的な職業を選んだ年長の兄弟たちに対する対抗心もあって

牧師となることを(一説には)14歳で志します。


ボンヘッファーはその後、自らがキリスト教神学を教える立場になり、

ドイツが危機的状況を迎える中で、

それまで自分は聖書を実際には読んでいなかったし、

祈ったこともなかったのだと非常に率直な告白をしています。


もちろん、聖書は覚えてしまうほど読んでいたし、

数え切れないほど祈りの言葉を口にしていたはずですが、

それらは真実のものではなかった、と告白したわけです。


ちなみに、彼の年長の兄弟たちがドイツの政治的エリートであったことが、

ボンヘッファーがヒトラー暗殺計画にかかわることができた主要な理由です。

ボンヘッファーが加わったのは、ドイツ軍諜報部によるヒトラー暗殺計画であり(ヒトラーは、言ってみれば、身内からも憎まれていたわけです)、

一般人が参加できるような性質のものではなかったのです。


少しずつ試訳を作っていきたいと思います。

今日はその第1回です。


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1945年4月の薄暗い夜明け、フロッセンビュルクの強制収容所において、

収容所が連合国軍によって解放される直前、

ハインリヒ・ヒムラーの特命によりディートリヒ・ボンヘッファーは処刑された。


1953年のイースターの月曜日、バヴァリアの牧師たちはフロッセンビュルクの教会において

以下のような簡単な墓碑銘を公表した。


「ディートリヒ・ボンヘッファー 

兄弟たちの間のイエス・キリストの証人

1906年2月4日にブレスラウで生まれ、

1945年4月9日フロッセンビュルクで死す」


ドイツ、ヨーロッパ大陸、イギリス、そしてアメリカにおいて、

ディートリッヒ・ボンヘッファーの死は


殉教者の血は教会の種子となる


というテルトゥリアヌスの言葉の現代における確証であった」


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テルトゥリアヌスについて

2-3世紀のキリスト教神学者。

ラテン語で著述を行いました(一方にはギリシア語で著作した神学者たちの系統もあります)。

後には異端的グループに加わって正統的なキリスト教から離れたと言われています。

「不合理ゆえに信ずる」という言葉が広く知られています。


つづく・・・




Life Together


は、ボンヘッファー著 Gemainsames Leben の英訳です。


邦訳は「共に生きる生活」というタイトルで入手可能です。


ですので、John W. DobersteinによるIntroductionのみを今後数回に分けて紹介していきたいと思います。


ちなみに、この邦訳は、ジュンク堂では
佐藤優書店(佐藤優店長)

にあるそうです(笑)。