人柱暴力は日に日に酷くなっていった。母も離婚して疎遠になっていたはずの父親も気づいてはいるようだった。だけれど、助けてくれる大人は誰もいなかった。今思えば親も後ろめたかったのかもしれない自分たちの離婚のせいで兄に可哀想な思いをさせてしまったという負い目があってのかもしれない私は、人柱だったのだ。