「どうした? これ好きなんだ。気に入った?」と私。

レム君が最近買ったお魚のおもちゃに顔をすりすりしています。

『なかなかいいよ。こうすると動くこともあるんだよ、みてて』 レム君は得意げです。

 

「いらっしゃい。寂しくなった?」と私。

センベエ君が布団の中にもぐりこんで、先に布団にいたレム君が少し横にずれます。

『ちょっと寒いから、ぼくもここで寝ます。』とセンベエ君。

『どうぞ、どうぞ、ここあったかいよ。』とレム君。

「あのさ、ふたりで勝手に決めないでよ。ベッドが満員だわ」と私。

センベエ君とレム君は知らん顔で私の体にぴったりとくっついて落ち着きます。

 

動物たちと一緒に暮らしている人は、

こんなふうに、動物たちとおしゃべりしているのでは?

我が家には、二匹の性格の違う猫がいます。

猫にも心があると、私だけでなく、旦那も疑っていないものですから、

(とはいえ、旦那は、私のように、声に出して、猫たちとおしゃべりはせず、

もっぱら、私と猫たちのおしゃべりをニコニコ聞いているだけですが)

本当に彼らがそう思っているかどうかはさておき(的外れな可能性はあり)、

人間と猫1匹(時には、自分と猫2匹)のおしゃべりが絶えません。

 

私たちの心には、自分以外のものの、考えたり、感じたりする心に注目する傾向というのがあります。

これをマインド・マインデッドネス、といいます。

発達心理学者や臨床心理学者たちは、

養育者がまだ言葉をもたない乳児の心を気に掛けるありかたに注目しました。

アタッチメントが安定している親子の間には、養育者が盛んに乳児の気持ちや思いを想像して、

「いやだったの」「うん、うれしいね」などと声をかけていきます。

正解かどうかはわかりませんが、このように、養育者が赤ちゃんのこころとやりとりすることは

子どもが発達する過程で、自分の感情を理解したり、調整したりする力や、

環境に適応していく力の支えになるといわれています。

 

このように、自分の心をつかって、誰かの心に関心をもち、注目を傾けるありかたは、

私たち心理職にとっても、大切なものです。