「バーバパパ」をご存知ですか。

ある男の子のお庭で生まれた、なんにでも変身できるおばけ?です。

 

1995年1月、阪神淡路大震災が発生して2週間後、

大学院生とともに被災地に向かいました。寝袋を担いで。

まだ携帯電話も普及していなくて、

院生たちの保護者はとっても心配をしたと思いますが、

快く送り出してくれました。

電車がとまっていたので、数時間歩いてある小学校の用務員室にたどりつき、

しばらくそこで寝泊まりしながら様々なことをしました。

 

その時に参加した院生はみんな、立派な心理士として社会で活躍中です。

彼らは、あの時にグループにつけた愛称をいまでもとても気に入ってくれています。

愛称は「バーバパパ」 なんにでも変身するつもり、という気持ちをこめて。

 

 

被災者たちや被災地が必要としている支援は、

人によって、場所によって、震災からの時期によって、一様ではありません。

「わたしはこれをするんだ」と決めてしまうと、現場のニーズや被災者の気持ちとズレてしまうのです。

思い返すと、到着して数日間、いろんなことをしました。

お風呂の順番待ちの代わり、学校に届いた救援物資の仕分け、床や廊下に散らばるガラスの片付け、

壁に貼られている児童の作品の保管…

でも、時間が経つにつれて、気が付くと、

子どもたちを集めて遊んだり、話を聴いたり、大人たちの相談に乗ったりといった心理的支援をしている私たちがいました。

 

参加した院生が教えてくれました。

最初のころは、誰も声をかけてくれないし、目をあわせなかったけれど、

ひたすら、「あいさつ」をしていたら、ある時から、声をかけられるようになったんでしたよね。

そうだったなあ…。

「信頼」や「安心」がないところで、人と人との絆は生まれません。

バーバパパが庭から芽をだすように、じっくりと時間をかけて、水やりをしていくと、

育っていくものが「信頼」「安心」なのです。

そして、きっと「あいさつ」は水やりのような役割を果たしたのかもしれないですね。

 

心理職は、ある意味で、要支援者のニーズに合わせて、ある程度変身ができることが必要な専門家だと思います。

「こうであるべき」だけに固まっていたり、

「私はこれをする人」と支援者が自分の方で決めていると、要支援者への支援につなげられないことがたくさんあります。

変身のできる、やらわかな心でいられるカウンセラーでいたいと思います。