「うちの子に限ってそんな過ちを犯すはずはない」といって
子どもの味方になろうとした親がいます。
その子は、学校で盗みを繰り返していました。
成績もよくて、気の利くいい子でしたから、
最初は教子員たちも信じられませんでした。
でも、その子だったのです。
子どもはだんまりを決め込んでました。
そんな親子がカウンセリングにやってきました。
親は、子どもが泥棒をしたということを決して認めないと繰り返しました。
子どもはお手伝いもすすんでするし、勉強もできるし、とてもいい子なのだといいます。
しばし、耳を傾けていました。
すると、たった一人であっても、親なんだから子どもを信頼すると訴えます。
信頼するということってどういうことかと尋ねると言いました。
「間違いを犯さないと信じるということです」
親は最後のひとりになっても、子どものことをこうして信頼してやらないといけないと繰り返しました。
ところが、その後のカウンセリングで、子どもがこんなことをつぶやいたのです。
「ぼく、間違いを犯さないといわれるのが重かったんだ」と。
それがつらくなって、気が付いたら盗みをしていたというのです。
子どもを信頼することが親の務めだと考えている人がいると思います。
たしかに信頼することは人間関係において大切であります。
ですが、この親の信じる態度は子どもの心を重くし、傷つけていたのです。
いったい、親は子どもの何を信頼したらいいのでしょうか。
そもそも、間違わない人間はいません。
間違いや失敗こそが、成長のエネルギーとなることを私たちは知っています。
親が子どもに向ける信頼は、「間違わないこと」ではなく、
「間違いから学べること」に対して向けられるべきではないでしょうか。
間違いから学べる力、失敗を成長に変えられる力を
私は、だれもがもっていると思っています。
しかし、この力を発揮できるようになるには、
間違う体験、失敗する体験、困難な体験による他者からのネガティブな評価を恐れない環境が必要です。
そうした体験をした個人を否定するのではなく、そこから立ち上がる力を信じ、
苦しみをすぐに取り去るのではなく、苦しみとともに学んでいくプロセスを見守る関係が必要です。
そうした環境、関係があることで、人は、間違いから学べる力を確かなものとしていけるのです。
現代の社会は、困難や失敗や間違いをできるだけ経験しないですむようにということが
強調されかちです。
こうした社会風潮が実は子どものメンタルヘルスを脅かしていることが最近の研究でわかってきています。
失敗や間違いを恐れすぎないでいられる親子関係を社会全体で見守っていきたいと考えます。