今年はうさぎ年。

12年前の2011年もうさぎ年です。

東日本大震災から12年が経ちました。

 

震災後約一か月経った頃、

私は宮城県と岩手県の沿岸部を仲間たちと周り、

特に発達に偏りのある子どもや家族、

そして、被災地の支援者に声をかけていました。

 

こうした子どもたちは

多くの人が集まり、さまざまな音やにおいが溢れる避難所では

安心して生活ができず、

その結果、家族とともに車中泊をしていたり、

転々と知人の家を訪れたり、

家族がばらばらになったりしていました。

そうしたこともあって、救援物資が十分に行き渡らないこともありました。

また、やっと手に入れたおにぎりやみそ汁も、

味覚の過敏から食べられず、お腹をすかせたままということもあったのです。

こうした様子をみた周りからは

「躾がなっていない」「わがままだ」などと誤解され、

家族は肩身の狭い思いをすることがありました。

 

2012年に福島の沿岸部の小学校に行った際、

子どもたちの登下校路の被ばくの数値が高かったため、

保護者が車で送迎をしている光景に出会いました。

その時の支援者がポツリと

「この子たちが、道草する楽しさを体験できる日って

一体いつになるんだろう」とおっしゃっていたのを思い出します。

 

また、あの当時、

福島から転居・転校してきたことを隠すなんてこともありました。

放射能を浴びているということで

福島ナンバーの車がいたずらされたり、

転校先でいじめにあったりすることも聴きました。

 

 

今回紹介する絵本は「ふくしまからきた子」(松本猛・春野作 岩崎書店)です。

いわさきちひろの息子と孫が一緒に作った絵本です。

 

東日本大震災によって起こった原発事故は、

福島県の住民はもとより、日本人全体が大きな不安にのみ込まれました。

 

人間は不安になると、自分を守ろうとするがために、

視野が狭くなり、自己中心的になってしまうことがあります。

いっぽうで、人間は不安の中で、

自分だけ幸せになることに罪責感を抱いてしまうこともあります。

 

絵本の中の福島から転校してきた女の子も、

東京に来て、校庭で遊ぶことができるとわかっていても、

自分だけが好きなサッカーを外でするということができませんでした。

安全で安心できる環境に逃げて来れたのに、

そのことを心から肯定できないでいるのです。

 

女の子の心の苦しみを感じ取り、

広島で被爆したおばあちゃんからいろいろと話を聴いた男の子の、

「総理大臣になって放射能をなくすこと」が夢と話すシーンを

今の私たちはどう受け止めるのでしょうか。

 

不安は悪いことではありません。

不安があることで、自分を守れるし、発見もできるし、チャレンジもできます。

だけど、不安を過去のこと、ひとごと、としてしか目をそむけてしまうのは

残念なことです。

不安は、眼をそむけたり、背を向けるほど、大きくなるものだと思ってください。

不安に向き合うのは勇気がいることです。

リスクもあります。

だけど、目を背けずに、

今のこと、そして自分のこととして、不安と対峙できたとき、

私たちは、豊かな未来を手に入れることができるのです。