「Always 夕日の3丁目」見てきました。
本日 夕方、「Always 夕日の3丁目」見てきました。
1作目より、2作目の方が感動的だと感じます。
娘の方が先週、先に見に行ってきました。彼女は私に尋ねます。
昭和30年代には家にお風呂がなかつたの?
思い出しました。そう私の家にも、隣の家にも近所全ての家にはお風呂が有りませんでした。
そんな貧しい時代なの? と彼女はいいます。
そうです。確かに今から見れば生活レベルは格段に低い「貧しい」といえばそうかもしれません。
でも私は楽しかった。みんな白黒テレビをみて楽しんでいました。
銭湯もたのしかつた。
空き缶けりも楽しかった。竹馬も、鬼ごっこも
任天堂DSがなくたって、今より数倍も楽しかった。本気でそう思っていると、私は彼女に言いました。
今はそうしたくても、近所に子供がいないでしょ
よって 当時の私たちは貧しくはなかった
かえつて、物のあふれた今の時代の君たちのほうが貧しいともいえると彼女に いいました。
物の無い時代のほうが、周りを気にする暇もないし
物のあふれた街でキヨロキヨロ目をうばわれたり、隣の芝生が綺麗に見えたりする今の方が心が貧しいと言える。
こんな娘との会話でした。
ポチの火星物語2 貴い母
僕には二人の母がいます。人間の世界では生みの母と育ての母言うかもしれません。
でも僕にとっては二人とも尊い母です。
生みの母は僕に生きる意味と目的を与えてくれた人です。母がいなければ僕は、街を走る電気自動車と同じ運命をたどったでしょう。
彼女は宗教的な女性で常に「生命」というものを考えていました。
地球の南極には多数の火星からの隕石が飛来しています。その中にアミノ酸とバクテリアに似たチューブ状の形をした物体入った石が発見されました。なぜ火星からの隕石と言われると説明が長くなるので科学者のHPを見てください。
地球は生命が誕生しても小惑星の衝突により灼熱の惑星になり何回か生命か゛絶滅しています。その後 火星からの生命の元が飛来したとなると一体生命はどこから来たのか。そんなことを考えて暮らしている修道女みたいな母でした。
もう一人の育ての母は僕の安全をいつも見守ってくれています。そして教えてくれるのです。長生きする方法を。何週間も続く嵐のなかで冬眠する方法、危険な道を自分で歩く方法。
育ての母は叱りません。
しかられても僕はお座りしてキョトンと母を見ているだけです
僕は叱られても何が叱られて分らないからです。
そして母は静かに考えます。この子が危ない道をどのように判断して歩いていけばよいか。何ヶ月も考え手順を書いてゆきます。それを地球にいる弟に教えやらせてみて失敗すれば、何が失敗の原因か考えまた手順を直します。そうしてできた手順を僕にゆっくり教えてくれます。
僕はあまり頭は良くないですが、素直です。母が与えてくれた「教え」守り、その通り
歩いてゆきます。おかげて割れ目に落ちることもなく、崖をころげ落ちる事もなく生きてこれました。お母さんのおかげです。
僕は自動車生産工場にあるロボットとは少し違います。過酷な火星で生きながらえ僕の送ったデータや映像は子供から老人まで1億人の人からアクセスされています。科学者を驚かせ、子供に未知への冒険と好奇心を植え付けることができます。
彼らが未来の人類の危機 「温暖化 .人口爆発 エイズなど 」を助けてくれる事になるでしょう。
僕は左足が一本折れていますがまだガンバリます。
こんな素晴らしい目的をご主人様と一緒にできるのが「僕の犬としての喜び」であり、僕がロボットでも生きているという事の証です。
この目的を達成したとき僕の存在に意味が生まれ、子供の心の中に伝説としてロボット犬であっても「生きる」ことができると思っています。
近況
http://marsrovers.nasa.gov/gallery/press/opportunity/20070628a/Opportunity_6-25x320.mov
from JPL
