決戦・日本シリーズ 阪急対阪神 | 書斎の汽車・電車

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 日本シリーズは1勝1敗で舞台を甲子園に移します。

 当ブログの日本シリーズ話も後半戦です。

 

 さて、関西対決というとどうしても電鉄チームの対決となります。(毎日対松竹は別としてですが)実現したのは阪神対南海のみですが、阪神と阪急の日本シリーズも、実現寸前までいったことがあります。

 昭和48(1973)年、阪神タイガースは残り2試合で1つ勝てば優勝となりましたが、中日と巨人にまさかの連敗で巨人の9連覇を許してしまいました。一方の阪急ブレーブスは、パリーグの後期優勝(当時のパリーグは前後期制)を果たし、前期を制した南海ホークスとのプレーオフに臨みました。直近の後期、阪急は南海を圧倒していましたので下馬評は阪急の圧倒的有利でしたが、終わってみれば南海の優勝(結果的にこれが南海ホークス最後の優勝となりました)となり、阪急と阪神の日本シリーズは幻となってしまいました。

 

 とうとう実現しなかった阪神と阪急の対決ですが、このカードを描いた小説が存在します。SF作家・かんべ むさし氏のデビュー作『決戦・日本シリーズ』(早川書房)です。この小説、『SFマガジン』誌の昭和50(1975)年1月号に掲載され、翌年文庫化されましたが、元々は正に昭和48(1973)年、早川書房が開催したコンテストの応募作として書かれたものでした。

 

 どんな小説かというと、阪神と阪急がそれぞれリーグ制覇を確実視される中、某スポーツ新聞が両者の対決を煽ります。その結果、勝ったチームの選手、ファン代表らが親会社の電車に乗り込み、負けた側の路線を走る。その時敗者側は自社の電車の運転を一切止めて、相手チームの優勝パレード電車を通さなければならないことになります。

 この発表があると、両チームのファン、というより双方の鉄道沿線住民が俄然ヒートアップします。それぞれの対抗意識むき出しの言動を、作者は上方落語を思わせる調子で描いていきます。「阪急文化圏」対「阪神文化圏」への絶妙な風刺となっているのですが、この私鉄沿線ごとの「文化」の違い、気質の違いというのが関西ならではでして、東京者としてはその豊潤さを羨ましく思うところです。

 

 本作には、鉄道関係の「小ネタ」もいろいろありまして、阪神と阪急の電車が相手方の線路に入るためには、神戸高速鉄道を使う他に、今は使われていないが、今津で両社の線路がつながっているとの記述があります。戦時中に宝塚の飛行機工場に港から資材を運びやすくするために線路をつなげたというのですが、この連絡線については、詳細の確認はとれませんでした。また、阪急ファンが阪神電車の運行表示灯スイッチに「山側・海側」のを馬鹿にしたり(阪急のように南北方向には走る気がないという訳です)阪神ファンは阪急梅田駅を、「あそこはまだ中津やないか」とクサしたり、阪急ファンは電車の塗装にもケチを付けます。阪急電車の上品なあずき色に対し、阪神は「ベージュと朱」「ベージュと紫紺」(赤胴車、青胴車のことですね)さらに「突然二輛だけジュラルミン・カーがあったりして」というのは当時まだ2輛が残っていた5200形「ジェットシルバー」のことでしょう。そして、西宮北口の阪急神戸線と今津線の平面交差は、物語の中でも重要な役割を果たします。

 

 両チームの日本シリーズ、甲子園球場と西宮球場での開催ということは、同じ西宮市にある球場だったのですね。かんべ氏は「今津線シリーズ」と書いておられます。(ちなみに今年の日本シリーズは「なんば線シリーズ」だそうです)作中では両者相譲らず3勝3敗1分けで第8戦に突入します。そして本作は結末が2種類用意されています。阪神が勝つにしても阪急が勝つにしても、「優勝パレード電車」はすんなりとは走れません。敗者側の熱烈なファンたちがあの手この手を使っての妨害工作を試みるというのが、本作の結末部分となります。

 現在では入手が容易ではないかも知れませんが、抱腹絶倒の傑作ですので、もしどこかで見かけたらお手に取っていただければと思います。

 いつかはご紹介したいと思っていた本ですが、今年の日本シリーズのおかげで今回ご紹介することができました。