絵本が描いた平成

 

目次

 

●はじめに

●昭和の絵本に描かれていたもの

●10のキーワードで読み解く<平成>と絵本

●絵本と「ジェンダー」

●おわりに

 

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●はじめに

 

もし、「絵本は小さな子どものものだから」動物やお花にあふれた、実社会とかい離した世界に過ぎない...と考える人がいるとしたら、それは思い違いです。

子ども、大人、作家、出版社、取次会社、書店…絵本に関わるすべての人々が、この社会で生きています。すべての文学作品もしくは商品同様に、絵本もまた、その作品と社会背景を切り離して考えることはできないのです。

 

平成の終わり、“ジェンダー”という言葉が我々の目に頻繁に飛び込んでくるようになりました。


学校の名簿が男女混合なのは、あたりまえ。


大人気アニメ『プリキュア』では、ヒロインたちが「男の子だってお姫さまになれる!」と叫び、旧態依然としたジェンダー観と勇ましく戦う姿が映し出されました。


ジャニーズ事務所に所属するトップアイドルが、LGBTの役柄を見事に演じ切り、感動を与えました。


「やばい女の子でいいじゃん」…型にはまらない女性を全肯定するメッセージが、若い女性作家自身によってのびやかに発信されました。


世間であたりまえのように使われていた「女子力」という言葉、その意味に疑問を感じる人々が増えるようになりました。

 


いまや“ジェンダー”に関して、昭和以前の常識とされていた多くの事柄が非常識となりつつあります。

 

男の子らしさって?

女の子らしさって?


絵本に描かれる「家族」「おかあさん」「おとうさん」「男(子)」「女(子)」も、少しずつ変化を遂げてきました。

 

LGBT」をテーマに掲げる絵本が続々と邦訳出版されるなど、ダイナミックな変化を見せたのも平成絵本の特徴のひとつです。


作り手と読み手の意識だけでなく、昨今の「ひとり出版社ブーム」を始めとした出版業界の変化が、絵本の新たなジャンルの創出を可能にしたとも考えられます。

 

一方、ここ数年来、赤ちゃんが初めて養護者以外の「外の世界」と出会う入り口は、もはや絵本ではないといった声も聞こえてきます。

赤ちゃんは、絵本より前にタブレットやスマホで、すでに動画に触れている…そんな時代がやってきました。

 


わたしたちは今、「子どもとメディア」「子どもと読書環境」について、あらためてその意味を問われています。

 


それでも、多くの子どもたちにとって、絵本が「初めて出会う外の世界」として存在し、「初めて出会う他者」としての登場人物が存在するのだとしたら......

 


絵本=子どもが初めて出会うメディア」であると捉えた時、

「そこに何が描かれたのか? なにが描かれなかったのか?」を知ることは、

「平成という時代に、大人が子どもに何を手渡したかったのか」を知るための大きな手掛かりとなるのではないでしょうか。

 

 

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●昭和の絵本に描かれていたもの

 

 

平成の絵本にフォーカスする前に、少し、「昭和の絵本」をみてみたいと思います。

昭和の絵本では、今新刊で出たならば「こどもに悪影響」と叱られそうな表現をいくつもみることができます。

 

たとえば…


ナイーブで鋭利な作風が特徴の作家・長谷川集平氏の作品には、当時の社会が色濃くあらわれています。

 

★『日曜日の歌』(長谷川集平作 1981年 好学社)

 

・体罰(親から子へ)

・万引き(子)

・喫煙(子の担任)

・スカートめくり(子)

 

 

不朽の名作といわれる『はじめてのおつかい』。

初めておつかいを頼まれた少女の冒険、とまどいや不安、達成感がぎゅっとつまっています。

ここにも昭和の家庭そのものが描かれていました。

 

★『はじめてのおつかい』(筒井頼子作 1976年 福音館書店)

 

・喫煙(おじさん)

・灰皿

・ワンオペ育児

・こわそうな男の人たち(複数)

 

 

★『おりょうりとうさん』(さとうわきこ作 1976年 フレーベル館)

 

・おとうさんの料理を嫌がる家族

・「とうさんのはまずそう」という言葉

 

 

当時の背景として1975年、「私作る人、僕食べる人」というハウス食品のラーメンのCMに苦情が殺到。

このCMは2カ月ほどで放送中止になるという、今でいう"炎上"の出来事がありました。


絵本のあとがきを読むと、作者のさとうわきこ氏はこの件を意識しつつ、おとうさんたちへの応援歌のつもりで書いたのではないかと思われるのです。



これらの “青少年の問題行動”、“喫煙シーン”、あるいは“差別的とみられかねない表現”は、平成の子ども向け絵本からは姿を消していきました。

 

 

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●10のキーワードで読み解く<平成>と絵本

 

 

さて、ここからは平成生まれの絵本をいくつか取り上げ、平成の10のキーワードと共に見てまいりましょう。

 

① 嫌煙

 

☆『おじさんのかさ』(佐野洋子作 平成4年 講談社)

 

健康ブーム・煙害の知識の広がりと共に、タバコは、テレビや本の中から姿を消しつつあります。


『おじさんのかさ』は人気の作品ですが、ここにはパイプをくゆらす男性が登場します。

この場面が「たばこをのむ」といった作中の言葉と併せ、平成の読み聞かせの場を戸惑わせることがあるようです。

 

 

☆『街のいちにち』(杉田比呂美作 平成5年 ブロンズ新社)


☆『12にんのいちにち』(杉田比呂美作 平成26年 あすなろ白書)

 

平成5年版『街のいちにち』には「働く女性」の喫煙シーンがありますが、平成26年版『12にんのいちにち』では、タバコがペンに描きかえられています。平成という時代に対応したといえるでしょう。

 

 

 

② 家庭回帰

 

☆『きょうりゅうがすわっていた』(市川宣子作/矢吹申彦絵 平成12年 福音館書店) 

 

昭和に「わくわくするイベント」として描かれた外食シーンは、平成絵本ではあまり見られなくなりました。

男性と同様に女性にも飲酒習慣が広まる中、「自宅でおかあさんとおとうさんが仲良く乾杯」といったシーンが、絵本にも登場するようになりました。

 

 

 

③ いじめ

 

☆『いきのびる魔法~いじめられている君へ~』(西原理恵子作 平成25年 小学館)


☆『いじめているきみへ』(春名風花作/みきぐち絵 平成30年 朝日新聞出版)

 

昭和60年代以降平成に入り陰湿化した「いじめ」。

平成8年には文部大臣による緊急アピール、平成25年には「いじめ防止対策推進法」。


しかし「ネットいじめ」等、しかしその実体は若年層の8割が携帯電話を所持するようになった昨今、ますます見えにくくなっています。


各界の著名人が「いじめ」をテーマにメッセージ絵本を描きました。

 

 

 

④ 少子化

 

☆『りんごかもしれない』(ヨシタケシンスケ作 平成25年 ブロンズ新社)

 

少子化。ひとりっこの増加。

下校し、ひとり静かに考えごとなどしながら過ごす子どもの姿が、あたりまえのように描かれるようになりました。

「カギっ子は可哀想」という昭和のネガティブなイメージとは異なり、一人でいる子どもの、生き生きとした様子が描かれているのが特徴です。

 

 

 

⑤ 草食男子

 

☆『ひめちゃんひめ』(尾沼まりこ作/武田美穂絵 平成22年 童心社)


☆『にいちゃんのなみだスイッチ』(いとうみく作/青山友美絵 平成29年 アリス館)

 

やさしい男の子、涙を流す男の子が好意的に描かれるようになりました。


「理想の上司アンケート」等の結果などを見てみても、平成は、「強い」よりも、「空気を読む」「気遣う」「優しい」男が求められた時代といえるのではないでしょうか。


「草食男子」は平成21年の流行語にもなりました。

 

 

 

⑥ 感情の解放/感情のコントロール

 

☆『おこる』(中川ひろたか作/長谷川義史絵 平成20年 金の星社)


☆『ほげちゃん』(やぎたみこ作 平成23年 偕成社)

 

感情そのものに焦点を当てた絵本がよく見られました。


また、登場人物のむき出しの感情を描く作品が多く見られるようになりました。


「アンガ―マネジメント」の手法が、子どもを含む現場でも取り入れられるようになった、平成という時代を象徴しています。

 

 

 

⑦ 生死

 

☆『あしたは月よう日』(長谷川集平作 平成9年 文研出版)←平成7 阪神淡路大震災


☆『1000の風 1000のチェロ』(いせひでこ作 平成12年 偕成社)←平成7 阪神淡路大震災


☆『希望の牧場』(森絵都作/吉田尚令絵 平成26年 岩崎書店)←平成23 東日本大震災(原発事故)


☆『あさになったのでまどをあけますよ』(荒井良二作 平成23年 偕成社)←平成23 東日本大震災


☆『だいすきなおばあちゃん』(日野原重明作/岡田千晶絵 平成26年 朝日新聞出版)


☆『ママがおばけになっちゃった!』(のぶみ作 平成27年 講談社)


☆『このあとどうしちゃおう』(ヨシタケシンスケ作 平成29年 ブロンズ新社)

 

相次ぐ大規模震災の後、この出来事をモチーフにした作品や、傷ついた人々の心の再生をよびかける作品が続々と出版されました。


また、子どもが高齢者の死としっかり向き合う…そんな絵本が多く出版されました。


幼い子を遺して亡くなった母親の幽霊を軽妙なタッチで描いた絵本は大ヒットとなりましたが、のちにネットを中心に「子どもの心のケアが置き去りだ」といった声が上がり、批判の対象となりました。

 

 

 

⑧ イクメン

 

☆『ゴリラのおとうちゃん』(三浦太郎作 平成27年 こぐま社)


☆『おばけかぞくのいちにち』(西平あかね作 平成15年 福音館書店)


☆『パパカレー』(武田美穂作 平成23年 ほるぷ出版)


☆『ほしのさんちのおそうじだいさくせん』(もとしたいづみ文/つじむらあゆこ絵 平成30年 ポプラ社)


☆『あのね あのね』(えがしらみちこ作 平成30年 あかね書房)

 

全国的に男女共同参画の取り組みが進められ、育児するメンズ「イクメン」がもてはやされる時代へ。


しかしその実体は?

共働き家庭の増加は、“仕事+家事+育児でパンク寸前のママ”を同時生産してしまったというのが現実です。


そんな中で、「子どもと遊ぶだけのパパ」から「家事と育児を担うパパ」の姿も徐々に描かれるようになってきました。

 

 

 

⑨ 女性活躍(男女共同参画)

 

☆『サンタのおばさん』(東野圭吾作/杉田比呂美絵 平成13年 文藝春秋)


☆『しっぱいなんかこわくない!』(アンドレア・ベイティー作/デイビッド・ロバーツ絵/かとうりつこ訳 平成29年 絵本塾出版)

↑女性宇宙飛行士が国際宇宙ステーションから読み聞かせを行った絵本


☆『ぼくのママはうんてんし』(おおともやすお作 平成22年 福音館書店)

 

男女共同参画の取り組みが進められ、政府が「女性活躍社会」をスローガンに掲げた平成。


これまでは男性の職業とされていた分野に、女性も進出するようになってきました。


しかし待機児童問題、入試における女子差別、ワークライフバランスの問題等々…男女共同参画における課題はまだまだ山積みです。


輝かしくキャリアを重ねる女性にスポットライトが当たる一方で、「プレッシャーを感じてストレス」「家庭と仕事の両立が難しい」とこたえる女性も少なくありません。

 

 

 

⑩ ワンオペ育児

 

☆『あなたのことがだいすき』(えがしらみちこ作 平成30年 KADOKAWA)

 

平成は、共働き家庭と専業主婦家庭の割合が完全に逆転した時代。


しかし出産を経て社会から離れ、育児の重圧をひとりで抱え込んでしまう…そんな悩める母親の姿も、絵本は浮き彫りにしました。

 

 

☆『おべんとうはママのおてがみ』田島かおり作 教育画劇)

 

発売当初のアマゾンレビューには、「なぜママに限定するのか?」「こんなに手間暇かけられる家庭ばかりじゃないのに」と批判コメントが寄せられたそうです。


家事のシーンで、「ママ限定」と思わせてしまうような表現は避けられるようになりました。

 

 

 

このように平成という時代は、絵本に描かれる家族像、母親や父親像、ジェンダー表現の上で、大きく変化がみられた時代であったことがわかります。

 

(後編へ続く)

 

 

 

© 2019 絵本コーディネーター東條知美