喉が痛い。

 

たぶん単なる風邪だけど、体調不良につきこんなことを考えてしまった。

 

「今わたしが死ぬわけにはいかない!」

 

わたしがいなくなったら、この家で真剣にトコジラミ駆除に取り組む人がいなくなってしまう。

 

そうしたらこの家は、きっと完全にトコジラミの館になってしまう。

 

ダメだ、わたしがいなくなるわけにはいかない!

 

 

……あれ?

 

今わたしが生きる一番の理由が、トコジラミ駆除のためになっている!?

 

 

トコジラミは、頭の中でも爆発的に増殖する。

 

今のわたしの頭の中は、トコジラミだらけ。

 

いつか頭の中のトコジラミも完全駆除できる日が来るのだろうか。

*****

 

これまでのいきさつ:

 

トトリ家にトコジラミ発生。

 

トトリしか刺されておらず、しかも刺され跡が目立たないことから、夫はトコジラミの存在を信じていない。

 

トトリはトコジラミ対策として、ベッドのマットレス側面にハエ取り粘着シートを隙間なく設置した。

 

しかし粘着シートにトコジラミはかからず、天井から獲物を目指して落下する作戦を取っていることが疑われる。

 

そんなトトリに対し、夫はどう思っていたかというと――

 

*****

 

 

 

 

(夫・談)

 

また妻が、けったいな事を始めた。

 

ベッドのマットレス側面に、なにやらベタベタした物を貼りつけはじめたのだ。

 

妻が言うには、それはハエ取りシートだそうで。

 

シートの粘着剤で、トコジラミを捕獲するのだという。

 

 

隙間なく貼りつけたそのシートの罠に、しかしトコジラミはかからなかった。

 

かからないのは、そもそもトコジラミがいないからではないかと思うのだが、妻はこう唸る。

 

「奴らは粘着シートを回避している。敵ながら賢い」

 

虫にそんな賢さあるか?

 

 

 

 

さらに後日、妻は壮大な物語を話しはじめた。

 

 

我が家の寝室には、トコジラミ帝国なるものが繁栄しつつあって。

 

張り巡らされた罠に気づいた帝国陸軍は、落下傘部隊を結成したそうで。

 

天井からの空襲を始めたというのだ。

 

 

……は?

 

君は何を言ってるんだ?

 

 

 

 

ワケが分からないので、「そっか、大変だねー」と返答して、愛犬・ルゥちゃんの散歩に出かけることにした。

 

すると妻が、「まだ話は終わってないってば!」と引き留めてきた。

 

 

「恐ろしいことに、帝国軍は『トロイの木馬作戦』を実行してるかもしれないの!」

 

 

トロイの木馬作戦?

 

 

「トロイの木馬」とは、ギリシャ神話に出てくるトロイアの戦争において、ギリシア連合軍が『中が空洞になっている巨大な木馬』を作り、その中に兵士をひそませてトロイアに置いたものだ。

 

トロイア側がただの巨大な木馬だと油断して城内に木馬を入れたところ、夜になって木馬から兵士がわらわらと出てきて、城を陥落させたのだ。

 

 

えーっと。

 

トコジラミがトロイの木馬作戦を実行しているということは……

 

つまり……

 

 

「ちょっと待て! ルゥちゃんがトロイの木馬だと言いたいわけ!? 中にトコジラミが潜んでいると!?」

 

 

「その可能性もあり得ない話じゃないって言ってるの。トコジラミは犬の耳の中にも潜むんだって!」

 

 

 

 

言葉も出ない。

 

そんなこと、あるわけがない。

 

 

だって、ルゥちゃんは耳を痒がっていない。

 

耳を気にするそぶりもない。

 

ゆえに、中に虫がいるわけがない。

 

 

そう主張すると、妻は予想外のことを言いだした。

 

 

 

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