呂からあがると、携帯にメッセージが残っていた。

友人の考人さんから「エロティック美術館」への誘いだった。
考人さんはロダンの「考える人」に似ていることから僕が勝手に名付けたのだが、
彼は人があまり行かないような変な所をよく知っている。
実生活で役立たない豆知識なんかもよく知っている。

そして顎に手をあて真剣に考えているようで、何も考えていないというオチが多い。

そんな面白い彼のことだ。今回も二つ返事で承諾した。

翌日は地下鉄「Blanche」で待ち合わせをし、例の博物館に向かった。
入り口には、思わず笑ってしまうほど露骨なオブジェが堂々と置かれ、

明らかに私用で電話中の男が、受話器片手にチケットをもぎってくれた。
早速入ると目を見張るほど大量なコレクションが、僕ら待ち構えていた。
惜しげもなく性器を露出したものから、鏡合わせにして気付くようなものまで様々だ。
国も素材も異なるが、どれも凝った作りで関心してしまうほどである。

欲望渦巻く空間はなんと7フロアにも渡り、階段を登る度に空気が薄くなる気がした。
それは考人さんも同じらしく「気力が吸い取られる」と呟いていた。
唯一僕と違うのは、弱音を吐きつつも、シャッターを切る手を止めない所だ。

最上階に行き着き、さすがに息も絶え絶えになった時、

異様な風貌の、しかしこの空間に相応しい人物がやってきた。
目元には仮面、ピッタリしたジャケットに短パン、首には首輪と鎖をぶら下げている。
黒のボンデージに身を包んだ男…それには流石の考人さんも唖然としていた。
間もなくして独りのアジア人女性が颯爽と現れた。
見た目は普通だったので一見分からなかったが、彼女はボンデージ男を一瞥すると、
首もとの鎖を手に取り下の階へと連行していってしまった。

まさかの「女王様(御主人様)」だったらしい。
プレイの一種なのか、スタッフの趣味なのか分からないが、一連の行動はあまりにも自然であった。
やがて考人さんと僕は顔を見合わせ恐る恐る階段を下ったが、二人の姿はどこにもなかった。

僕らは土産物をスルーして外に出た。日差しがやけに眩しかった。


悩めるエロ人間

エロティシズム博物館(Musee de l'erotisme)

72, Boulevard de Clichy 75018 Paris


※パリの観光案内所にあるパンフレットを持参するとチケット代金が割引になります。朝10時~深夜2時まで営業中。

ダン美術館が一番アパートから近いらしい、それがきっかけだった。
エコール・ミリタリー(軍事学校)とエッフェル塔を左手に見ながら、金色のドームを目指して歩く。
お掘に橋のかかったアンヴァリッド廃兵院までたどり着いたら右手すぐがロダン美術館の庭園だ。
(といっても塀に囲まれているので隙間からしか覗けないのだが)
塀に沿って直進し、カフェと建物の間にある小道を入れば、入口はすぐそこだ。

チケットを買うとまず迎えてくれたのは代表作「考える人」だ。
すぐそばには観賞用のベンチがあるが、思わず同じポーズを決めたくなってしまう。
さっそく屋敷のような美術館に入るとまずは石柱が堂々と支えるフロア。
左右の部屋には力強いロダンの彫刻が並べられている。
ロダンの作品は表面が荒っぽく、まるで彫刻ひとつひとつが熱を帯びているようだ。
結局観光客の多さに辟易してしまい、軽く館内を回ることにした。
二階に上がると、彫刻だけでなくゴッホの絵画も飾られていた。
ふと大理石でできた女性像の胸元に、小さく動くものをみた。
赤い背中に黒い斑点を落としたソイツは、彼女の乳白色の胸元を小走りする。
外から入ったのかと窓に目やれば、眼下にはすっかり整えられた庭園が広がっていた。
真っ青な芝の左右に、白い線を引いたような小道が延びている。
黄やら白やらの花をつけた草木は芝を囲むように植えられ、奥には小さな池がひっそりしている。
ぽつぽつと置かれた彫刻は、素朴な庭園の中で息づいていた。
ふと足元にいた男の子が「ママ、テントウ虫!」と声をあげた。


ロダンの考える人 ロダン美術館(Musee Rodin)
79, Rue de Varenne 75007 Paris
※ぜひ晴れてる日に訪れる事をオススメします。

庭園のみの利用も可能です(考える人の彫刻も見られます)

ルモッタン美術館に出かけたのは3月の初めだった。
「クロード・モネ」は特別好き、という画家ではなかったが散歩がてらに足を運んだ。
僕のアパートは15区にあるので、まずはエッフェル塔へ行きセーヌ川を渡る。
シャイヨ宮を正面に左手のパッシー通りを進み、まずは坂を登って住宅街を抜ける。
さらにブティックの立ち並ぶ道をひたすら歩いておよそ30分ほど。
公園を入るとやがてT字路に行きつく。そこに「ミュゼ・マルモッタン・モネ」はあった。


もともとマルモッタン氏の邸宅だったということで、入るとすぐに庭からの光が差しこんできた。
まずは「グランドフロア(1階)」絵画だけでなく調度品なんかも飾られている。
そして「ファーストフロア(2階)」には、数々のコレクションが品よく壁に飾られていた。
マネ、ルノワール、ドガそしてモネ。印象派をメインとするだけあって好きな人にはたまらない。
大本命は「アンダーグランド(地下1階)」にあるモネ・コレクションだ。
モネの年表や写真なども展示され、かの有名な絵画「印象・日の出」もここにある。
蜜柑のような太陽がぽってり浮かび、朝の海をやさしく照らしている。
ぼんやり絵を眺めていたら、学芸員のお兄さんがやってきて「日本人か?」と尋ねてきた。
そうだというと、彼は笑顔で「見せたいものがある」といって僕を案内した。
そこは階段の踊り場に飾られたモノクロ写真。その中の1枚に着物姿の日本人女性が佇んでいた。
「ええ、彼女も日本人ですね」と答えると、彼はうんうんと頷いた。
彼女の名前は失念してしまったが、モネと並んで写っていた気がする。

その学芸員の彼は誰に対してもそうなのか、僕を気に入ったのか知らないが、
地上階の「グランドフロア」に上がると、彼はそれぞれの作品を前に解説してくれた。
ほんのわずかだけ単語を拾うことはできるけど理解しきれない、というと
「少しづつ慣れるよ」と励ましてくれた。小柄で褐色肌の彼は、眼尻に皺を寄せて笑った。
更に「また来てよ。その時は俺を呼んでくれ」と、僕の持っていたパンフレットに名前を書いた。
去り際いきなりハグされて戸惑ったが、でもまあ気のいいお兄さんだと思った。


ちなみにトイレは、男女のマークがあるだけで扉も目立たないため、
最初は入っていいものかどうか迷ってしまった(中はとても綺麗で掃除が行き届いている)
あくまでも「邸宅」というイメージを保っているのだろうか。

優しい光の差し込む邸宅に淡い色彩の絵画、僕はモネが少し好きになった。

マルモッタン、の前の公園のオブジェ

マルモッタン美術館(Musee Marmottan Monet)

2, rue Louis-Boilly 75016 Paris

※最寄りのメトロは「Muette」公園に向かって直進してください。公園もほどよい広さで散歩にもおすすめ。画像は公園にあったオブジェ。寓話詩人のジャン・ド・ラ・フォンテーヌ氏と彼の作品にちなんだカラスとキツネが可愛らしい。