登米 大吉の満足そうな顔と笑顔をみて、嬉しかった。

しかし、次の瞬間。

黒い雲が青い空を覆う。

雪ではない。

「ざあ~~~~」と雨が降り始めた。

教室の窓の外を見ると、

彦根城に雨が突き刺さっさていた。

そして、登米の後ろに座る加古伊 優作に百合枝は目が留まる。

前回の授業と違い、別人のように見える、。加古伊 優作が冴えない。

登米と加古伊は、明と暗のようにも写る。

百合枝は

「あっ・・・・・・・・・。」

叫んでしまう。

そういえば、百合枝の携帯電話に転送していた

登録しているメールマガジンのニュースに

「株式会社一流企業が粉飾発覚。不渡手形乱発。」とあった。

百合枝は大学の授業の監査論の授業で

粉飾とは、適正な会計処理をせずに利益等を過大計上し、

財務諸表である貸借対照表や損益計算書を偽ることである。

株主や融資先などステイクホルダー、

利害関係者たちをだます行為である

とびわこ大学の木村田先生の授業で学習していた。

木村田先生によると

企業の突然死を招くことも多いとのこと。

粉飾は上場企業の自殺行為にも等しい。

意外なことに

利益の過大計上をし、資金繰りが苦しくなって、

たいちいかなくなる企業は多い。

利益だけを追い続けていても

手持ちのお金がなくなったら終わりだ。

『黒字倒産や勘定合って銭足らず。』

という言葉が象徴している。

倒産した大企業には意外と多い原因である。

粉飾はしてはいけない。

木村田先生も言葉を思い出す。

粉飾は中毒と同じで依存症になってしまう。

この話を村木に百合枝は話していた。

村木は、簿記の専門学校に講師として就職する前は、

都市銀行に勤めていた。融資を担当していた。

企業にとって粉飾は蜜の味がするといっていた。

粉飾を見破るために必死に会社の計算

すなわち、会計を勉強したと百合枝に

話していた。

「粉飾の行き着く先は企業の突然死しかない・・・・」

と、村木は百合枝に教えてくれた。

企業の倒産の定義は難しい。

まだ、現役の大学生の百合枝はこの企業は潰れたと思った。

百合枝が、潰れたと思った最大理由は不渡手形の乱発だ。

不渡手形の手形とは、

商品売買取引で代金決済手段として、作成、すなわち振り出した紙切れ。

この紙切れにいついつまでにあなたに記載されている。

発行した企業と記載されている銀行に信用があるから、

手形に記載された額面の金額に貨幣と同等の価値がある。

手形は、通常、三ヶ月ぐらいである。

取引先の力関係によってお産手形といって10月10日、

七夕手形、これはひこぼしとおり姫のように、

1年以上も支払う期日が設定されているものがある。

手形のサイト、期日がながくなると、

受けとった企業の経営において資金繰りが苦しくなる。

株式会社一流企業は、このお産手形を乱発していた。

しかし、手形の支払期日、満期日がきても、何も生み出さなかった。

すなわち、お金、現金預金がなかった。支払不能となっていたのだ。

この状態が不渡手形である。

不渡手形は対外的な信用をなくす。

上場企業にとって不渡手形だけでも致命的だ。

さらに金融機関をだますという粉飾をしていた。

経営者は自社の経営状態の悪いのを株主、取引先、金融機関に

隠すために粉飾までしていたのだ。

この状態では、お金を貸す金融機関はない。

株式会社一流企業の現金預金は底を突いていた。

資金繰りがどうにもならなかった。

株式会社一流企業は平成元年設立の東京資本の会社である。

創業以来、いままで、利益を出し続けた黒字優良企業だった。

「なぜ。」

というのが百合枝の正直な気持ちであった。

しかし、最近は彦根店をはじめ、大型店が建設ラッシュだった。

株式会社一流企業は生鮮食品中心の小売で全国主要都市にある。

そして、東証一部上場企業だ。

規模拡大と多角化による放漫経営が原因だろうか。

いや、違う。

彦根では、昨年、登米 大吉の店(屋号 果物屋)

の横にできた大型駐車場を備えた

滋賀県の小売の販売面積で一番大きな企業だ。

百合枝はこのとき登米を知らなかった。

しかし、大型店の出店で

登米の店である個人商店の果物屋が潰れると思った。

しかし、登米の店、果物屋さんには戦略、考えがあった。

この戦略のおかげで2倍に利益が増えていた。

登米はこの戦略のためにITコーディネーターの資格まで取った。

この戦略は情報技術、ITを使った驚くものであった。

個人商店果物屋と株式会社一流企業との戦いだった。

それはありが象に戦いを挑むようなものだった。

株式会社一流企業は加古伊の勤め先だった。

実は百合枝のびわこ大学の同級生の明子も

全国展開している食品スパーの小売に興味があった。

知り合いのびわこ大学のOBを紹介してほしいといっていた。

明子の

「大きな企業だから、一生、働ける。」という言葉が印象的だった。

まさに大企業の不倒神話があった。

大企業は潰れないという神話だ。

しかし、実際にはインターネットを駆使した中小零細個人商店に敗れた。

ふと、百合枝は、我に返る。

百合枝の

「あっ・・・・・・・・・。」

という言葉に

加古伊 優作が反応する。

「ご存知でした。」

「私も恥ずかしながら携帯電話のメールで知りました。」

百合枝の顔を見る。

加古伊の暗い表情に戸惑う。

登米 大吉は、後ろを振り向き加古伊 優作に・・・・・

「会社だけが人生じゃない・・・・・・」

重みがあったが・・・・・

加古伊は登米の顔を見た瞬間、

目が潤んできた。

しかし、窓の外の天気と同じで

みるみるうちに加古伊の顔がクシャクシャになった。

実は、登米と加古伊は、びわこ大学の同級生で同じバトミントン部だった。

でも、登米自身もあの一流企業がと思った。

加古伊のおさまりがつかない。

涙が頬をつたって流れてゆく。

ただ、ほかの受講生もいる。

仕方ない授業と絡めるしかないと百合枝は思った。

その時、教室の外で、

村木の携帯電話のメールの着信音が鳴る。

村木はあわてって携帯電話のメールの音を消す。

村木は題名を見て驚く。

「電子会計実務検定試験初級が今年度秋から実施予定。」

村木は

「電子会計実務検定試験3級ではなくて初級か。」

「ネット検定か。これで村木簿記教室の方向性が変わる。」

と小さくつぶやく。



百合枝の授業をしている教室の横の事務室に長身の男が入ってきた。

背が高い、村木 春も背が高いが、もっと高い。

百合枝が、授業をしている教室の小さな窓から見える。

百合枝は窓越しに見えた瞬間、本能的に会釈をしてしまった。

受講生たちの目がそちらを向く。

村木 春は右手にテレビが見れるという携帯電話を持つていた。

左手は背広のポケットのなかに入れている。

このテレビ付きの携帯電話でニュースなどをよくチャックしていた。

村木 春の前にその男は座った。

村木 春の携帯電話のメールの着信音が再び鳴る。

村木 春はあわてって携帯電話のメールの音を消す。

村木 春は題名を見て

「電子会計実務検定試験の出題範囲。」

ついにインターネットで出題の範囲が平成17年一般公開されたのだ。

村木 春は開く。

携帯電話のIモードに記載された画面を見ながら、

これは大変なことになったと驚く。

簿記教室の事務所経営に大きな影響を与えると直感で感じた。

村木 春は電子政府、電子投票、電子申告にあるように電子という言葉が

これからの時代のキーワードになると感じていたので

簿記教室の屋号、名前を「村木デジタル経理学院。」にしていた。

長身の男が、ゆっくりと腰をかがめて、村木 春の前に座る。

村木 春はその男に説明をし始める。

「電子会計実務検定試験初級は、電子会計データの流れと

電子情報の活用に大別される。」

「問の一と問いの二がある。」

「問の一では四択で五問ほど文章問題が出題される予定だ。」

その男、に質問をする。

「商工会議所の一般に公開されている初級サンプル問題の一つに、

会計ソフトに入力された商品の販売データは、

電子データとして総勘定元帳の売上勘定に

分類されると同時にどこの売上勘定に集計される。」

その男は、すぐに答えた。

「答えは損益計算書である。

通常、コンピュータ会計の場合、仕訳という簿記上のメモ書きを入力すれば、

自動的に転記、移し変えを行いすべての勘定科目が集計された

総勘定元帳に集計される。

そして月次の試算表を作り、連動しながら

帳簿から誘導して貸借対照表や損益計算書を作成する。

この問題のような売上勘定でであれば、通常、商店別に補助科目が作成され、

総勘定元帳の売掛金勘定を詳しく説明するための補助元帳である売掛金元帳

(得意先元帳)も作成される。この場合は補助科目を作成する必要はあるが・・・・・

この問いに学習簿記を勉強した人は、

精算表と答える人がいるかもしれない。

しかし、

精算表は、

簿記の検定の三級で30点以上の採点のウエートを占め、合否を実質的に決めている

簿記検定で出題される問五の精算表は残念だが

コンピュータ会計、電子会計では見たことがない、

すべてが連動しているためにないのかもしれない。表示上の科目も売上高、仕入高で

財務諸表にすべて連動しているために仕訳入力時から、表示上の科目を使う。

売上原価の仕訳でも表示上の科目を使うし、

仕訳入力が中心のため学習簿記の二級試験の定番の特殊仕訳帳のような帳簿

も皆無である。」

さらにその男は持論を村木 春にいいはなった。

「実務をしていて思うのだが、個人商店を対象にしている学習簿記の三級では、

資本金勘定を使う、しかし、

実務の所得税における事業所得を計算する決算書の4枚目に

必要な貸借対照表には資本金勘定はない。

勘定式の貸方側に記載されているのは元入金勘定のみだ。

会計ソフトにも個人商店の勘定科目リストには存在しない。

ましてや店主が私用で現金等を使ったり、

引き出した場合に簿記の三級で使用する引出金勘定というものがある。

コンピュータ会計、電子会計では、

引出金勘定も存在せず、通常、事業主貸や事業主借勘定を使用している。」

村木 春もなるほどと答えた。

その男はさらに

「私も簿記を長年、勉強してきて思うのだが、学習簿記と実務簿記は乖離していた。

簿記をどれほど勉強しても実務では使えない。

しかし、この電子会計実務の問いの二番は、

領収証、請求書、納品書、伝票などの証憑類の証拠書類からダイレクトに入力をし、

計算し、問題の指示に従い入力すれば、

初級であれば即座に合否を判定してくれる。

この検定は

実務そのものだ。

さらに小さな簿記教室でも五台以上のパソコンと

設備投資には少しお金はかかるが、VPNルータと固定アドレスが、

あれば兄さんの簿記教室でも主催者が認めればネット試験はできる。

もしかすると数年後には入力方法もパソコンから携帯電話のような

端末に移行しているかもしれない。

コンピュータ会計、パソコン会計ではなく電子会計いわれるゆえんかも知れない。」

その男は村木 春を兄さんといった。

そう村木 勝(まさる)27歳、村木 春の弟である。

村木 勝は、兵庫県神戸市の海が見えるみなと大学卒業後、

実務経験を経て税理士として創業をしていた。

村木 勝は、自分の事務所を滋賀県彦根市とは

琵琶湖の反対側、対岸にあった。

日本一大きな琵琶湖をぐるっと周るので、

100キロ以上離れていた。

彦根からは名古屋市の方は近いくらいだ。

琵琶湖の西、湖西といわれる滋賀県高島市に住んでいた。

百貨店の高島屋などの近江商人の発祥の地である

滋賀県高島市で税理士事務所開設をしていた。

高島市は人口は5万都市であるが、事務所の前を蛍が飛び交う自然豊かな街だ。

村木 勝は、

生まれ育った街で地域貢献をしながら、

日本の明日を担える起業家を育成したい。

近江商人発祥の地で起業が学べる大学を創りたいという夢があった。

滋賀県で一番面積が大きくて人口密度の少ない市で

都会では味わえない

村木 勝にはもう一つ楽しみがあった。

高島市朽木には、天狗がでるというてんくう温泉があった。そこに週末に

天狗と遭遇するのを楽しみにしていた。

まわりからは天狗ではなく、鹿だといわれたが、村木 勝は天狗だと信じていた。

いや、天狗だと思いたかった。

こんな村木 勝は滋賀県高島市に

村木 勝税理士事務所を

開設して3年目であった。

弟の話がつづく。

村木 春は静かにうつむきながら、

村木 勝の話を聞き入る。

村木 春は自分の人生を回想する。

大学を卒業後、何も考えずに

大手指向で、都市銀行に勤め、故郷を捨て


人もうらやむニューヨーク支店勤務をしていた。

その当時、大学生だった弟、村木 勝に

海外勤務の自慢ばかりしていた。

預金量のNO1の銀行との

合併の話があるまでは怖いもの知らずだった。

表面的には対等合併であったが、

実質的には預金量の何倍もある相手銀行に吸収される運命にあった。

合併が翌年決定するという話が固まると、

村木の上司は大量に名刺の印刷を頼んだ。

お客様にまくのではなく、

合併する相手銀行の幹部に渡すためだ。

泥沼化する人事。

すべての従業員が自分の保身に走った。

合併後、1年目までが、人事に影響が多大であることを

すべての人が知っていたからだ。

家族がいる中高年の管理職の人たちには仕方のないことだった。

今では村木 春も理解している。

その当時、若かった村木 春には理解ができなかった。

本当に嫌気がさした。

後先考えずに辞めた。

最後の退職の挨拶で

人生において最初で最後になるくらい、

泣きかれるまで泣いて挨拶をした。

涙を自分で止めることができなかった。

周りの人たちや学生時代の友人からは、

自分の気持ちに嘘をつかずに、

自分らしく生きることは、

「私にはできない。

村木の強みだ。」

と友人たちから言われたが、

村木 春はあまりうれしくなかった。

人としては正しい判断だと村木 春は思った。

後悔もしていない。

若いうちは買ってでも苦労をしろという

言葉を実践できた。

辞めて、好きだった教える仕事に活路を見出すことを考えた。

起業も考えた。

しかし、大企業の看板なしでは誰も

二十代の若造を信じてくれなかった。

創業に必要な開業資金もない。

サラリーマンであったものが、

勢いで仕事をやめた場合、

悲惨である。

自分の力と会社の力を勘違いしてしまう。

今まで仕事ができたのは大企業の看板があったからだ。

その看板がなけれは、取引先の態度は豹変する。

相手すらしてくれない。

そのときになるまで気づかない。

気づいたころには、

仕事がないのと同時にどこにも

属さないことになる。

なににつけても、

「仕事は何ですか。」

「どこにいってますか。」

ときかれる。特に田舎はうるさい。

属する組織もない。

ネクタイをしない起業家というのは流行のようで

聞こえが良いが、

仕事がなければ、失業保険をもらっている無職の人より、

生活は苦しい。前途多難である。

背広やネクタイをせずに私服でSOHOみたいに

コンピュータを駆使し

家で仕事をしていたら

遊び人のように世間で思われる。

本人よりも家族が世間体を気にし始める。

特に配偶者に反対されたら地獄である。

子供も反発する。

このような起業家は、

ただ、プラス思考の夢想家にしか過ぎない。

起業の成功率は低い、失敗は多かれ少なかれ

必ずする。

特に

資金が底をつけば、個人商店の場合、

昨今のITを中心とする大企業の

景気の回復とともに

若くて能力があれば、

サラリーマンに戻る場合が多い。

諦めも大切だ。

一度、サラリーマンに戻って、

もう一度、体制を取り直せばいいだけである。

大切なことは、自分自身に負けないよう

ダウンしたボクサーのように

すぐに立ち上がり、

ファイティングポーズをとることである。

まだまだ、若者には再び、チャレンジする時間はある。

しかし、現実は、厳しい。

再就職の条件は前より悪くなっている。

「脱サラ、退職届一瞬、後悔一生だ。」

こうならないようにすることが大切である。

でも、個人商店で事業を続けている人で

再就職できる人はまだ、幸運なのかもしれない。

事業主に

年齢問題や能力がなければ、

鳴かず飛ばずで自営業をするしかない。

個人商店であれば固定費を

極限まで下げることができれば

奥さんと二人で

鳴かず飛ばずでも続けられる。

仮死状態でも生きられる魚のようなものだ。

個人商店の場合、

仮死状態でもいき続けられることに意義がある。

しかし、大きく転ぶことのない

この状態が、もしかしたら、

一番、幸せな状態なのかもしれない。

村木 春、自身も銀行で融資をしながら、

失敗し、諦めていった起業家を多く観てきた。

鳴かず飛ばずの起業家も多く知っている。


しかし、自分が起業したら同じ失敗をする。

実は、観ているだけで

経験していなかったので、

本当の痛みがわかってなかった。

経験して初めてわかったのかもしれない。

村木 春はこの時期、

どうにもならい孤独感に襲われた。

自分も多くの起業家が失敗したように

失敗するのか。

自分の人生を見つめなおした。

やりたいことを真剣に考えた。

どうなりたいか。

自分のあるべき姿を・・・・・

悩み続けるある日、

偶然、インターネットで簿記講座の動画を観た。

簿記を紙芝居風に教えている面白い人がいた。

簿記が面白く思えた。これだと感じた。

村木 春は気づいた。

「簿記」しかない。

びわこ大学で学んだ簿記しかないと思った。

夢が広がった、小さくても受講生に元気が与えられる

元気の出る簿記教室がしたい。

そのための準備に

教えることができる簿記の専門学校をさがした。

最初は非常勤講師、

非常勤講師は時給は高いが仕事が連続していないので、

対費用効果を考えると

なにをしているのかわからないことがあった。

夢がある。がまんできた。

所得は銀行時代の十分に一に減った。

でも、気持ちは豊かになった。

やっとの思いでなった専任講師、

専門学校の専任講師、本当に安月給だった。

でも、簿記を教えること、伝えることが楽しかった。

思いが熟成したときの起業だった。

インターネットで調べながら、

わけもわからず事業計画書を作った。

コンピュータ機器の導入のため多額の設備投資をした。

そのほとんどを国民金融公庫から借り入れた。

創業した村木 春は考え込んでしまった。

電子会計実務試験の導入で

自分の経営する簿記教室がだめになるからという

恐怖感ではない。

もっと奥にある。

もっと本質的な。

人としていきるうえで大切なこと。

弟、村木 勝と自分との対比。

真っ直ぐな思いを貫く弟、勝との人生とは違い、

挫折、紆余曲折のある

曲がりくねった自分の人生。

何も成し遂げるこのできない自分。

村木 春は包帯をしている左手をゆっくりさすり始めた。

考え込んでいた。

そして、ぼそっと

「人生かくれんぼ。」

とつぶやいた。

そうすると隣の百合枝の教室で男の大きな泣き声が聞こえてきた。
教室の後ろのドアから洩れる大きな泣き声に

村木 春と弟の村木 勝は驚いた。

村木春と勝は教室の横の事務所で

電子会計実務検定試験実施について熱く語っていた。

そして、村木 春は、簿記教室創業までの苦悩、悩みを回想していた。

それが、

突然の大きな声で雰囲気、村木 春の気持ちが一転した。

しかし、村木 春は動けない。

思わず、村木 勝は教室の後ろのドアから教室の中に入る。

教室には50人ぐらいの受講生がいて熱気があった。

高校生から60代までの

年齢層の幅の広い受講生がいた。

さきほどの大きな泣き声と正反対に教室は静まり返っていた。

教壇に村木 勝が眼を向けると、

次の瞬間、教室が静寂のなかに包まれた。

格闘技のK1やプライドのスポットライトの光に包まれるかのような

まぶしいくらいのオーラを感じた。

勝の眼には、長い髪の毛を振り乱しながら

精一杯語りかける百合枝が飛び込んできた。

村木 勝は、全身に電気が走る感覚がした。

背筋の伸びた姿勢のよい長身の女性がこちらに気づく。

村木 勝に軽く会釈した。

次の瞬間、大きな泣き声が勝の耳に飛び込んできた。

加古伊 優作が人目も気にせず、

大きな声で泣き叫ぶ声が教室に響いていた。

そして再び、教室の窓から観える彦根城に激しい雨が突き刺さっていた。

その瞬間、泣き叫ぶ、

加古伊優作の後ろの小太りの男が「がさがさ」し始めた

びわこ大学経済学部経営情報学科の同級生で加古伊優作と

一緒に卒業した登米 大吉が前掛けのほこりを払いながら

長い無精ひげを触りながら立ち上がった。

加古伊 優作が人目も気にせず泣き叫ぶ、声がピタット、止まった。

そして、登米 大吉は想い深げに語り始めた。

「大規模な駐車場と滋賀県一の店舗面積

を誇る一流企業のスーパーの出店。」

「彦根駅前には、この大型店のおかげで

30階建てマンションや都市銀行が進出してきた。」

「それに反し、アーケードのある旧商店街は毎年、

じり貧の売り上げ、お客さまの高齢化。」

「シャッータ街と皮肉られることもたびたびだった。」

「正直、勝てないと思った。」

「現に、彦根のお姫様どおりの老舗の寿司屋が、

東京から進出してきた回転寿司屋の

乱立でつぶれっていった。」

「借金を増やして、負ける前に。」

「五代続いた老舗の果物店を閉めようと思った。」

「一時期は、目先の利益を考え、中学、高校が近いにも関わらず

規制が緩くなった

タバコなどの種類の違う自販機を数台、店の前に置こうかと思った。」

「このような小手先のことも考えた。」

「しかし、びわこ大学で経営情報を学んだ意地もあった。」

「卒業後、果物屋の配達の合間に大企業で働く加古伊 優作たちの同級生に

負けないように経営情報の勉強を続けていた。」

「果物屋の店は私、そのものだった。」

「私にとっておいしそうなメロンやバナナなどの

果物を触るのは幸あわせそのものだった。」

「この店を守るために、経営者と情報技術の架け橋に

なりえる経済産業省の認定資格である

ITコーディネータの資格も猛勉強で合格し、取得した。」

ITコーディネータ登米 大吉はさらに考え深く語り始めた。

その語り方に教室の20人ほどの受講生も息を呑んで聞き入っていた。

百合枝も、静かに登米 大吉の話を聞き入った。

「一流企業と自分の店を比較して経営資源である

人、もの、金では完全に負けていると自覚したいた。」

ITコーディネータ登米 大吉は

「しかし、知恵を出せばどうにかなると信じていた。」

「第四の経営資源の情報で勝負を賭けたかった。」

「負けてたまるかという意地もあった。」

登米は、500年持続継続できるような企業戦略を考え抜いた。

情報技術であるコンピュータを駆使した戦略経営がスタートした。

まさに蟻が象を倒す、近江商人ITコーディネータの驚く戦略であった。

簿記は生きた経営活動を記録、計算、整理したものである。

紙の机上だけのものではない。

百合枝は大学で勉強できないまさに生きた経営学だと感じとった。

百合枝は、簿記のように登米の経営活動をノートに書きとめていた。